戻る

 

小ネタコラム集(その3)

 

2004年5月06日

今回も飛ばしていきます、小ネタコラム集、第三回です。
小ネタコラムに関する詳しい話は前回の『小ネタコラム集(その1)』を読んでください。
今回は2003年6月27日〜2004年1月20日までに掲載したものを載せていきます。
前回同様、文章は一番上のが最も新しい話(2003年1月20日のもの)で、下に行くほど古くなります。


少し前に、怒首領蜂大往生を購入しました。
……怒首領蜂でもかなりのものだったのに、さらに弾幕が激しくなってやんの…。
というか、弾のスピードが全体的に速くなったような気が…。
20回ほどプレイしましたが、今の所4面ボスが限界です。

ついでに、二週目緋蜂までノーミスノーボムでのプレイが収録されたスペシャルDVDを見てみました。
……人間じゃねぇ。
あんなの避けれるなんて、どんな目してんだよ、と思いました。
そもそも二週目の攻撃、あんなんありか。
なんというかもう、弾幕ゲームも行き着くところまで行ってしまったんじゃないかなあ、といった気分になってしまいました。

あと、ボス戦見てて思ったんですが、ボスの弾がなんかやたらに速いですねえ。
弾幕ゲームの特徴である『遅い敵弾』という部分がここにきてとうとう消滅してしまったような気が。
もしかしたら、これからは、弾幕をキープしつつ、昔のゲームの特徴である『速い敵弾』というのも当たり前にさせようとしているのかも。
STGの超絶インフレは一体どこまで行くのか。


11月末から12月頭にかけて、10日ほど休みを取って里帰りしてきました。
しなしながら、なんというか、もうとにかくトラブルに次ぐトラブルで、まるで休暇になりませんでした。
詳しい話はちょっとここには書けないんですが、とにかく帰郷途中での事故やら何やらで、結局10日間里帰りするつもりが、実家に滞在できたのは実質40時間だけだったという。
あわただしいったらありゃしない。
全然休暇ちゃうやん。
ンでその後も、2週間ほどは新たな問題が色々と起こりまくりでてんやわんや。
実家の姉貴からは『あんた多分誰かに呪われてるんちゃうか』といわれました。
まったくもっていい事なしな一ヶ月でした。
休むために帰ったのに、逆に疲れてしまいましたよ、わたしゃ。


こないだ、とある掲示板でこんなAAを見ました。

─ ─ ─−−− ・┏┻◯ 
   マトリックス 

シンプルながら、上手いと思いました。


最近のアクションゲームにはプラクティスモードがよくついていますな。
中には『クリアしたステージのみプラクティスモードで選択可能』という制限が設けられているものもあったりします。
例えば『真・魂斗羅』とか。
しかしながら、これってどうなんかなあ、と思ってしまいます。
そりゃ、ハイスコアなどを狙うプレイヤーにとってはこれでもかまわないと想いますが、しかし普通はクリア出来ないからこそプラクティスモードで練習するわけで、一度そこをクリアしておかないとプラクティスモードで練習できないというのは、なんか違うような気が。
せめて、到達したステージまでプラクティスモードで選択できるようにすれば、本編への絶好の練習になるのに。


_| ̄|○

このアスキーアートって、最近ちょくちょく見かけますね。
はやってるんでしょうか。
何気にバリエーションも多彩で、

逆バージョンで  ○| ̄|_

ちょっと小さくなって  OTL

さらに小さくなって  orz

もっと小さくなると  on

まあ、確かに落ち込んでいるというのを的確に、かつ最小限の文字数で表現しているといえばしているAAですね。
そういえば OTL や orz や on なんかは1バイト文字なので、英語テキストでも使えますね。


先日の夜、家にでっけぇムカデ出現しました。
いや、ムカデかどうかは分からないんですが、体長が10センチほどの、とにかくムカデっぽいやつ。
こんなやつです。
centipede.jpg (11686 バイト)
高校の柔道部にいた頃はしょっちゅう道場に出現してたものですが、自宅で見たのは久々です。
殺しはせず、とりあえずトイレットペーパーにくるんで便所に流してやりましたが、ほっとしたのもつかの間、すかさず2匹目が出現。
今度の手の届きにくい壁と窓の間に張り付いており、一気に掴もうとしたらミスって机の下のほうに落下してしまいました。
すかさず懐中電灯を照らしつつ探したものの、なかなか見つからない。
その部分に逃げれるような隙間や出口など無いのに、なぜか見つからない。
いなければならないはずの場所にいないというのは、気分的に気持ち悪いものです。
必死になって探しましたが、やっぱり見つからない。
しょうがない、あきらめついでにそこの周囲のホコリを少し掃除しようと小型掃除機を回した瞬間、ドコからともなく先ほどのムカデ出現!
逃げ回るムカデとちょっとした捕物合戦の末、ようやく捕獲。
一匹目と同様、すかさず便所に流してやりました。
にしても、こういう大型な虫を家で2度も見てしまうと、まるで家の中がその虫だらけといった気分になってしまいますなあ。
小さい虫、例えばハエや蚊なら、2、3度出現したところでどうって事ないのに。
ゴキブリやムカデといった大型の虫となるとサイズ的にインパクト満点なためか、そう感じてしまうものなのかもしれませんな。


ちなみにあとで知った事なんですが、この虫、『オオゲジ』という、ゲジゲジ系の虫らしいですね。
外見は不快なれど、ゴキブリといった害をなす虫を捕食し、また人間に危害を加えるような事もほとんどせず、さらにこれといった毒などももっていない、どちらかといえば益虫といった類らしいです。
しかしながら、やはり見た目があまりいいものではないので、外で観察するために見るならまだ楽しいけど、家の中に出現するのはちょっと勘弁してほしいところです。
間違って潰したりしたらいや〜んな事になりますし。


人をだますのは悪い事。
相手の人柄の良さにつけ込み、それを利用して物事をまんまと自分に有利に働くよう、そして相手に不利に働くように出し抜く事は良くない事である、というのは誰でも知っているはずです。
口先でだます事はもちろん、法律を利用してだます事も、世間一般的には『ダメな事』として認識されています。
しかしながら、ことこれがこれがスポーツの世界には当てはまらないから摩訶不思議。
スポーツにおいて、特定の動作をする振りをして相手を騙す行為は『フェイント』という高等技術と認識されており、大いにOKとされています。
相手の人の良さにつけ込んでペテンにかけるという技術なのに、むしろ、『フェイント』による騙しを有効に使ってまんまと相手を手玉に取るプレイヤーは、『なんて上手いプレイヤーだ!』賞賛を受けるほど。
考えてみれば、なぜなんでしょう?
ルールの中で行う騙しだからOKという声もあるけど、しかしその場合、法律を利用して相手を騙す金貸しなども賞賛されなければならない。
でも現実には、法律を守っていても、金貸しは汚いというイメージが一般的。
逆にフェイントにて相手を騙すのが当たり前、むしろフェイントに引っかかって騙される方が悪いといわれているのがスポーツでの一般的イメージ。
なんとも不思議なハナシですよねえ。


話変わって、ある本で載ってた内容なんですが、しかし私も非常に同感してしまったある話をひとつ。
よくニュースや推理小説で『犯人は金庫をバールのようなものでこじ開け、現金を奪って逃走したもようです』といった感じの文章がみられますが、しかしそもそも『バールのようなもの』ってなんなんでしょうねえ。
『バール』ではないんでしょうか。
だっていつも『バールのようなもの』なんですもの。
『バール』でいいじゃないか。
あ、もしかしたらバールのようなもの、という名称の新型犯罪用器具なんでしょうか。
これと同様に、『鈍器のようなもの』や『刃物のようなもの』、などもどうなんでしょう。
鈍器じゃないんですか?
刃物じゃないんですか?
鈍器と見せかけたモンキー?
刃物と見せかけた魔物?
まあ一言でいってしまえば使われた武器が不明なので、あいまいな『〜〜のようなもの』といってお茶を濁しているわけですが、しかしなんだかどうしてやけに気になってしまいます。
使われた道具が不明なら、『何かしら道具』という表現でいいんじゃないか、はっきりしてないならわざわざ『〜のようなもの』とかいうなよ、と思ったり。
余談ですが、RPGなどで『バールのようなもの』という武器があるとすれば、固有技は『こじ開ける』になると思うんですがいかがでしょう(笑)

とにもかくにも、くだらなさ120%な話題ですな。
これぞまさしく駄ネタ。


ネットが普及した今では、海外の情報などもたやすく見れるようになったわけで、それによって今では見られないような珍しい画像、例えばグロい画像なんかも簡単に見れるようになってたりします。
私もネット上でたまにそういうグロ画像をみかけたりしますが、これらを見ててふと思いました。

やっぱ、映画やマンガで見るグロ系表現とは違って、本物は生々しいですねえ。
ホラー映画やマンガで出てくる血は、現実のそれに比べ、あまり気持ち悪いといった感じがしないものです。
思うに、おそらくそれって、色合いが綺麗だというのもそうでしょうが、しかしそれ以上に、映画で使われる血は実際の血液に含まれている血小板の働きによる凝固作用が起きないから、いつまでも水みたいに綺麗でみずみずしい色の血となっていて、現実で見る血ほど汚くドス黒くこびりついた感じがしないのかもしれませんねえ。
実際の血は、流れるとすぐにある程度凝固するので、だからこそドロドロしてて、また付着した跡もべっとりとしてて汚く見えてしまうものですし。 指などを切って流れる血をぬぐったりすると、ちょうどそういうのを痛感します。

にしても、なんなんだこの話題は……。


スポーツでよく選手や監督が審判に文句を付ける、いわゆる抗議をするということがありますが、あれって効果あるんですかねえ。
私も柔道をやってたからわかるんですが、私が今まで見た柔道の試合でも、ああいう抗議をして判定が覆ったなんて一度も無かったです。 いやむしろ、審判に悪い印象を与えて判定で不利に働いてしまうという事も。
前回のワールドカップでも、講義してイエローカードやレッドカードを受けた選手が相当多かったものですが、普通はそうなる事が分かっているのに、なぜ、そうまでして審判にムチャな講義をしようとするんでしょうねえ。 それによって判定が覆った事なんて皆無なのに。
まあ、審判に抗議して次からはそんな判定を下さないように審判に釘を刺すという目的もあるかもしれませんが、でもそれ以上に審判の不評を買ったり、退場になったり、判定で不利に働いたりなど、どちらかといえばリスクのほうが大きいような気が。
うーん、けっこう謎だ。


昔住んでた所に大人になってから久しぶりに来訪してみたら、ものすごくすごく小さな場所で驚いてしまうということはよくあります。
私が昔すんでた寝屋川もそうでした。
子供の頃はものすごく広く感じたあの場所も、大人になってから久しぶりに訪れてみると、えらく狭く感じたものです。
しかしながら、それと同時に、子供の頃は大きな田んぼがずっと広がる風景だったのが、今ではすっかり住居が立ち並ぶ綺麗な住宅地へと変貌してしまっていたので、ちょっぴりさびしく感じてしまいました。
昔はそこの田んぼではカエル釣りが定番で、正月にはたこあげとかもよくやったものです。
そういえばあの周辺は汲み取り式の便所を使ってた家庭も多かったんですよねえ。
おかげでバキュームカーが来るとくっさいくっさい(笑)
おっと、ノスタルジーに浸ってしまった。

にしても、寝屋川を知らない人には何のことだか分からないハナシですな。


ゲームセンターのメダルゲームで、メダル落としってのがありますよね。
ガラス張りの筐体の中にメダルがこぼれそうなくらい大量に敷き詰められたテーブルがあり、プレイヤーはその奥の方にメダルを落とし、その落とされたメダルが動く壁によってメダルの山の中に押し込まれ、そしてそれによって落下口近くのメダルが押し出されて落ちてくるというやつ。
でもあれって周知の通り、テーブルの側面に目立たないように穴が開いてて、そこにメダルが落ちてテーブル上のメダルの数を強制的に減らすようになってるんですよね。
とすると、上部からメダルが補充されないタイプの場合、落とされたメダルはプレイヤーの方に落ちて還元されるだけでなく側面にも廃棄されていくので、最終的には必ず損をするというシステムになってるわけです。
考えてみりゃヒデェですな。
どう足掻こうが絶対に投入したメダル以上の還元は絶対にされないように出来てるのだから。
まあ、そういうあまりに理不尽なシステムを緩和するために、最近のはボーナスシステムで、特定の条件を満たす事により上から新たなメダルが落ちてきたりするようになっているみたいですけど…。
でもそれでも、アレってまず勝てないんですよねえ。
という事を、友人とメダルゲームの話をしててふと思い出してしまいました。


この間、『マブラヴ』というゲームをプレイしててちょっと思いました。
テキスト主体のゲームって、昔に比べて、システム周りがえらく進化してますねえ。
特にエロゲー。
単にテキストを読んで選択肢を選ぶだけという至極シンプルなゲーム性の割に、大量のセーブとロードスロット、既読文章のスキップ、テキスト履歴の表示、キャラ毎にテキストの色分け、アニメーションのオンオフ、CG達成率の表示、自動文字送り、ウィンドウ消去、直前の選択肢まで戻る機能、テキスト特殊効果、などなど、快適にプレイ出来るように配慮された様々なシステム。
ことテキストアドベンチャーに関しては、エロゲーのシステムってすごい最先端をいってるような気が。
なかなか侮れませんな。


AV、いわゆるアダルトビデオでは、内容によっては学校やら病院やらといった施設が舞台になる事がしばしばあります。
ですが、ああいった場所での撮影って、いったいどうやって許可もらってるんでしょうねえ。
謎だ。
どう考えても、学校や病院がわいせつなビデオの撮影を許可するとは思えないし…。
金に物を言わせて強引に許可をもらっている……ってほどAVは撮影に金がかかってるとも思えないし。
とすると、無許可で撮影していると考えるべきですか。
たまに街中やとある店内でAVの撮影をして警察に捕まってしまったつかまったヤツらがニュースになったりしますが、そんな感じで無許可でやってるんですかねえ。
そこんとこどうなんでしょ、AV。

余談ですが、タイトルは忘れてしまいましたがあるところで見たAVには、TOWNS版デッドオブザブレインの音楽が『そのまんま』使われていたというのを見た事があります
マイナーなゲームの音楽だったので、おそらく、無許可で使ってたんでしょうねえ。
なんでもありですな、AVってのは。


シュミレーション!
それは、携帯食が趣味!
そう、趣味レーション!
……くだらない事書いてすんません。
でも検索したら129000件引っかかるなど、相変わらず間違って言ってる人は多いですねえ。
テレビやラジオとかでも、シュミレーションといってる人は結構いるみたいですし。


なにやら世間では、故意に殺人を犯した少年達に向けて裁判官が言い放った『君らは犬のウンコ以下だ』発言が波紋を呼んでいるようですねえ。
んで、その少年達の親がその発言は言いすぎだとかなんだとかで怒っているんだとか。
というわけで私もざっとその手のニュースを読んでみました。
別に裁判官を擁護する気はないし、裁判という場でさすがにあれはチト言い過ぎかなとも思ったりするんですが、しかしながら、その子供の親達は、言われた言葉よりもまず、殺人そのものを問題視すべきなんじゃないかなーと思いますね。
大体、あの親と子供は、あの言葉は不適切な発言だのなんだのといってますが、そもそもそれ以前に自分の息子が何をしたかというのを分かってて言ってるんでしょうかねえ。
言われても仕方のない事をやったわけですし。
それに、更正とかほざく前に、罪を認識させること、反省させるのが先なんじゃないかと。
なーんか、ニュース記事の文章から察するに、息子の行った殺人という行為や被害者そのものに対する反省に関してはアウトオブ眼中で、自分の息子の事だけ、それもこれからどうしようかという事だけしか考えてなさそうな、そんな気がしますねえ。
いやそもそも、あの連中はなんでそんな事言われているのかすら理解していないのかもしれないですな。
暴走族という非生産度100%な集団にいる上に、そしてその中でさらに人殺し、それも事故ではなく明らかに故意に行った暴力行為で人を殺したという事実を、果たして理解しているのやら。
もっとも、私は当事者じゃないし、実際にその現場を見てるわけじゃないし、実際の現場ではどういうやり取りが行われたのかというのは知りようがないので、結局ここで言ってるのは推測論でしかないわけですが、とにかく記事の内容から、このように感じました。

ところで、中には『人殺しにも人権がある』とか何とか言ってる人もいるようですが、事故で殺してしまったのならまだしも、故意の暴力行為で殺したんだから、人権だのなんだのとほざく前に、人権をもてるだけの価値ある人間になれ、といいたいですな。
そもそも人殺しにも人権があるというなら、その人権を無下に奪われた殺された人はどうなるというのでしょう。

って、なんか今日は妙に辛口口調の私。


ホラー映画では、助けを呼ぼうとして電話をかけても、電話線が切られているので助けが呼べない、というパターンはもはやお約束になっているものですが、現代が舞台のホラー映画では、もうこの手法はあまり使えないでしょうねえ。
なぜって、携帯電話が普及してるから。
電話線が切られても、携帯電話でラクラク助けをお呼び出し。
一応、地下深くや深い樹海の中といったあまりに特殊な状況だったりする場合は、圏外表示が出て連絡手段が遮断されてしまうという展開に出来そうだけど。
でも、『圏外』表示が出て電話が通じない!というシーンはどうにも緊張感があまり感じられず、あんまり怖くなさそう。
他に恋愛モノなどでの、連絡できなかったからお互いが勘違いしたりすれ違ったりしてしまうという展開も、携帯電話でお互いお手軽連絡が可能になった現在では、使えなくなってしまってますねえ。
携帯電話で便利になった分、従来のドラマチックな演出が使いにくくなったものですねえ。

……とおもったけど、映画『マトリックス』のように、劇中で効果的に携帯電話を使いこなしている映画もあるわけで、結局のところ、ようは使い方次第って事なんでしょうかねえ。

なんだか、昔のSFと今のSFの違いを見ているような。


いわゆる探偵マンガってのがあります。
有名どころだと、一昔前なら金田一少年の事件簿、今なら名探偵コナンですか。
なんですが、考えてみりゃあ、あのマンガの主人公達、あれだけ殺人事件に遭遇しているのに、死体を発見するたびに毎度毎度『こ、これは…!』とか『キャー!』とか騒いでいるのはどうかしているような気がしないでもないですな。
普通なら、10回も20回も殺人現場に遭遇すると、『またかよ……もういいよ、飽きた』って思いそうなものなのに。
んで、周囲の人物は『お前らの周りには殺人事件が付いて回るから、もう金輪際近寄らないでくれ!』といったりして。
……って、それをいっちゃあ推理マンガそのものが成り立ちませんな。

にしても、探偵マンガの主人公って殺人事件の調査ばかりして、実際の探偵の主な仕事である尾行だの身辺調査だの浮気調査だのって全然してませんよね。
やっぱ、シャーロックホームズとかの影響なんでしょうかねえ。


Counter Strikeが1.6にバージョンアップされたとの事なので、先日プレイしてみました。
今回からSteamを導入しなければならないとの事ですが、フルバージョンをインストールするのに700MBダウンロードって……。
今後の同社のゲームはすべてSteamによって管理されるとの事なので、おそらく古いHLや他のゲームデータがSteamインストーラにすべて含まれているのでしょう。
それにしてもサイズでかすぎ。
ダイアルアップ回線はもう完全にアウトオブ眼中ですな。
おまけに、Steamを使うようになったためか、要求スペックもかなり上がったようですね。
快適にプレイするには、CPUは少なくともペンティアムIII 1GHz相当は必要なんだとか。
私のPCではまだまだ十分余裕があるのですが、しかし私の古いPCのような、けっこう前の型を使っているプレイヤーには相当厳しいらしいです。
PC買い換える人がけっこう出そうだ…。
にしても、一番最初のHalf-Lifeの最初の要求スペックがペンティアム133MHzだったのを考えると、同じエンジンを使ってるゲームでありながら、えらく重いゲームになったものですねえ。

さてさて、当のCounter Strike Ver1.6ですが、かなり大きく変わってますね。
テクスチャが一新されたマップもいくつかあるし、何より新たに追加された新武器が新鮮で面白い。
新武器は、どれもかなり使い勝手いいですね。
GalilとFA-MASはどちらも少々癖はありますが、しかし使い勝手は相当良いです。
何より値段がライフルにしては相当安いのが大きい。 おかげで他のライフルやサブマシンガンの出番がかなり減ってます。
ただ、Shieldは……前宣伝で戦略にかなりの変化をもたらすとの事でしたが、いや実際戦い方に相当な変化をもたらしてます。
シールドはすべての銃弾を防ぐので、これまで困難だった敵陣への突撃が恐ろしくやりやすくなっているという。
ただ、なんかちょっと強すぎる気もしますが…。
正面からだとすべての銃弾攻撃が無効化されるので、1、2人がシールドを持って前方を固めてくる(文字通り、後ろの連中を守る盾となる)と、迎え撃つ方はとてつもなくキツい…。
シールドの方を攻撃しても防がれてしまうし、かといってシールドをしてない方を攻撃するとシールド持ってる方がハンドガンでバリバリ撃ってくる。
また、こちらが1相手が2で対峙したとき、相手2人のうち片方がシールドを持ってるだけで、ほとんど勝ち目ないような感じられます。
シールドを構えるのに時間がかかるとか、方向転換に時間がかかるとか、ある程度の攻撃を受けるとシールドが破壊されるとか、構えてる間は動きが恐ろしく遅くなるとかなど、少々バランス調整が必要だと思いますねえ。

実際、サーバーによってはシールド禁止に設定してあるところも少なくないようですし。


DVDプレイヤーが一般普及してきた昨今は、映画がDVD続々とリリースされており、過去の名作映画もDVDによる高画質で日の目を見ることが多くなってますね。
が、ひとつ大きな不満があります。
とくにこれはホラー映画などでよく見られるのですが、カットされるシーンが多すぎ。
中にはその映画で見所とされている部分なんかもカットされている場合があり、なんつーか、何でそういうことするかな?といいたいです。
名作やヒット作の場合、未公開シーンを追加したバージョンなどを出す事はあるのに、ホラー映画ではカットされるケースが多い。
大体、なんでカットするんでしょうねえ。
残酷なシーンだから?
過激なシーンだから?
まあ、テレビなら仕方ないでしょう。
誰でもお手軽に見れるという特徴のため、過激すぎるシーンがカットされるのはしょうがない。
しかしDVDでカットされるのはよくわからない。
昔はビデオでもあったシーンが、なぜDVD化の際に消されてしまうのか。
そこらへんどうなんでしょうねえ、DVD化の際にカットされるシーン。


掲示板に書き込むときに、ハンドル名を『通りすがり』とする人はよくいますが、しかし匿名掲示板ならまだしも、通常の掲示板にてこういう捨てハンドル名が使われているのを見ると、どうにもあまりレスする気にはなれないですねえ。
『通りすがり』と名打っているように、そういう人のほとんどは本当に通りすがりにちょっと立ち寄っただけであり、その投げやりな名前の通り、あくまで立ち寄りがてらちょっと発言しただけ、といった感じがありありと出てて、なーんかあんまりマジメにコメントをしたいなという気にはなれないです。
いうなれば、何人かで輪を作って楽しく話をしているところに、突然見知らぬ人が話の輪に入ろうともせずに、外からアレコレなんだかんだ言うだけいって立ち去っていくような、そんな印象を受けます。
もちろん、中にはそうではない人もいるかもしれないけど、しかし『通りすがり』という投げやりっぽい雰囲気漂いまくりなハンドル名を使われると、どうにもそんな気分になってしまわざるをえないような気がします。


早稲田大の学生がイベントサークル『スーパーフリー』を結成し、主な活動として酒に酔わせた婦女に暴行活動を繰り返し行っていたという、いわゆる『スーパーフリー事件』ですが、なんつーか、もう開いた口がふさがりませんな。
もうアホかと。
やってる内容もさることながら、大体にしてひどく姑息であくどい事を『結束と固めるため』とか『度胸試し』という目的で行ったり、『参加できないものはダメ男』という烙印を押したりするのなんぞは、まるで『根性見せるため万引きしてみろ』『仲間に入れてほしかったらあの店からなにか盗んで来い』とかいってるそこらの小学生や中学生と同じレベルですな。
つまり、大学生でありながら小学生もしくは中学生程度の思考、と。
しかも首謀者は29歳!?
そのほかにも20歳代はもとより、20代半ばや後半の連中の名前も。
どうにもこうにも、精神年齢はその半分以下しかなさそうですな。


『13日の金曜日』といえば、通算9作ものシリーズが作られた有名なホラー映画。
全シリーズ見たことのない人はいても、名前程度は聞いた事があるはず。
そして13日の金曜日といえば、ホッケーマスクをかぶった不死身の殺人鬼、『ジェイソン』。
彼が劇中で殺した人間の数は130人以上にも及ぶとかいわれています。
しかしながら、割と知らない人もいたりするんですが、実は記念すべき一作目においては、ジェイソン本人はドザエモン少年として劇中にはほんのちょっとしか登場してなかったりします。
一作目では、別の人が殺人鬼で、ジェイソン本人が殺人鬼として登場するのは二作目以降です。
ちなみに彼のトレードマークであるホッケーマスクも、登場したのは3作目からで、それまではズタ袋をかぶっていました。
不死身の怪物ジェイソンも、そのトレードマークであるホッケーマスクも、最初から出てたわけではないんですよね。

それにしても、このジェイソン、一作目での事件が原因で不死身の殺人鬼になってしまったのですが、同時にいつの間にやら大人に成長していたというのがちゃっかりしてます。
死人のくせに大人に成長するとは…。

そういえば、この映画はほとんどクリスタルレイクという湖の近辺が舞台で展開されます。
しかしながら、あれだけ毎度毎度大量殺人事件がおきまくってるのに、その後もまったく廃れずにキャンプの客が当たり前のように来訪してくるクリスタルレイクって、ある意味すごい場所といえますな。
普通なら、せいぜい数人が不可解な死を遂げた場所というだけで、怖がってダレも近寄らなさそうなのに。
ああもしかしたら、それを知って興味をそそられてか、あるいは肝試しがてら集まってきてるのかな。 でもそんな連中ばっかりってのもおかしな話ですし、そもそも作中では『ばかばかしい』と信用しない人もやたらいたので、興味本位で来た人ばかりってわけではないようです。
ある意味、これこそが13日の金曜日でもっとも不思議な超常現象かも。


一昔前、おおよそWin95〜Win98の初期は、オンラインソフトでよく見られるゲームといえば簡易パズルが多かったものですが、最近はアクション、それも弾幕シューティングなどがわりと見受けられるようになりましたねえ。
やっぱ、処理速度UPとDirectXによってアクション系ゲームが作りやすくなったからなんでしょうな。
それと、弾幕の軌跡や発射方法などのプログラムの作成をするのが面白いからなんでしょうねえ。
実際、ああいう芸術的な弾幕奇跡をいかに表示するかという構文を考えるのは工作に近い感じで面白そうだし。 たった一文加えるだけでまるで違う形の弾幕軌跡になったりとか。


ホラー映画をよく知らない人が『チェーンソーといえばジェイソン』と言っている事があります。
がしかし、実際の所、13日の金曜日でおなじみのジェイソンは、チェーンソーで殺したシーンは数えるほど(ニセモノが登場する第5作目だけ?)しかなく、むしろナタとか斧とかで殺すほうがポピュラーなのに、なんで『チェーンソーといえばジェイソン』という図式が出来上がってしまってるんですかねえ。
ちなみに私は、チェーンソーといえば第一に死霊のはらわた、第二に悪魔のいけにえという映画が思い浮かんでしまいます。


手相ってのがありますね。
で、手相でポピュラーな話題なのが、いわゆる長生きできる手相なのかどうかというやつ。
しかしながら、手相を見る人は、毎回『あなたは長生きできるよ』と言いまくっていればそれでOKなんじゃないかな、と思えてしまいます。
なぜなら、相手の手相を見て『長生きできるよ』といった場合、例えそれがウソであっても、気付いたときにはそれを言われた本人はすでに死亡して『死人に口無し』な状態になっているわけで、文句を付けられることがないですし。
それに、手相の事でいちいち第三者が文句を付けるのもへんですしねえ。
見る手相見る手相全てに『あなたは長生きできますよ』といっておくと、長生きした人は『ああ、手相の通りだ、よかったよかった』と感謝して、長生きできなかった人はすでにこの世の人ではなくなっているため文句のつけようがない、という。
うーむ、まるで具体的な日時は語らずにただ『そのうち大地震が起きる』とだけいったりするエセ預言者みたいだな。


パチンコネタをひとつ。
液晶画面によるデジタルを採用しているパチンコなどでは、画面内のキャラが特定の物事を成功させると大当たりになるという内容のものがあります。
たとえば、サッカーを題材にしたものならキャラがシュートを決めると大当たり、ゴルフを題材にしたものならカップインすると大当たり、野球ならホームインすると大当たり、など。
で、この手のデジタルって大体は、リーチが来るとその物事が開始され、リーチが外れる=失敗、当たる=成功になるというのがおおよそのパターンとなっています。
が、しかし、パチンコをやっている人ならわかると思いますが、基本的にリーチから大当たりになる確率というのは(割合的に)わずか数十分の一程度のもの。
つまりリーチのほぼすべてははずれになるということであり、この手の内容のパチンコの場合、画面内で展開される物事は、成功するよりもむしろ失敗する確率のほうがはるかに高いということになっています。
となると、画面内のキャラは失敗ばかりするということになるわけで、その物事をやっているキャラクターに『やめちまえ!』といいたくなってしまいます。
例えばスポーツを題材にしたものなどは、サッカーならことごとくシュートをはずす、ゴルフならことごとくチップインをはずす、など。
なので、あんまりこういうのはパチンコのデジタルの題材には向かないんじゃないかなーと思ったりするんですが、そこらへん、パチンコをする人にとってはどうなんでしょう。
にしても、これってパチンコ知らない人にはぜんぜん分からないネタですな。


私は中学時代は校則で全員強制的に丸刈り必須、という学校に通っていました。
最低でも2〜3センチ以内にしておかなければ、学校側で強制的にバリカンという。
そんなわけですから、全員がマルコメ味噌みたいな頭でした。
しかし中学時代というのはとかく色気づいてしまうもの。
私は普通に丸刈りをしていましたが、しかし中には単なる丸刈りには我慢ならず変化をもたせようと、上1センチ、横5ミリにするヤツなどはけっこういたものです。
でもそんなことしたって、無駄な抵抗。
見た目ぜんぜんかわらないっつーの。
アホな中学時代でした。


海外を知るというのは難しいものです。
実際、外国人に対する偏見が多いのを見てもわかるように、表面的な部分だけを見ただけでその国のイメージを決め付けてしまう人って多いですし。
また、こういったステレオタイプ的な見解の他に、一部のニュースを見てその国に対する偏見的な見解もよく見られますね。
いわゆる、変なニュースばかりが本や新聞などに載るため、そういうニュースばかりを見て『○○人ってやっぱアホだなあ』という先入観を持ってしまう人など。
例えば、アメリカで『大量に食べたら子供が太った、どうしてくれる』といってマクドナルド相手に裁判する、みたいなの。
しかしながら、こういうニュースを見て『アメリカ人ってそんなことで裁判起こすワケ?バカじゃねーの!?』といってしまうのは簡単だけど、考えてみれば、なんといいますか、こういうのってあんまり人事として笑えないんですよねえ。
なぜかって、自分がそのように偏見を持ってしまうということは、他の国からも自分達がそのように思われてしまう可能性が大いにある、ということも意味しているわけですし。
例えば、『パチンコに夢中になった主婦が子供を車内に放置して死亡させる』といった事件なんか、海外では思いっきり物笑いのネタになっているかもしれませんしねえ。
『人の振り見て我が振りなおせ』とはよく言いますが、そういうのを如実につ感じさせますな、こういうのって。
またそれと同時に、こういうのを見て偏見を持ってしまう人が多いのを見てもわかるように、外国を理解するのって本当に難しいんだなあ、とも思えてしまいますねえ。
『その国の文化を知るには、その国で数年暮らしてみるしかない』とはよくいったものですが、いや実際、聞きかじった程度の知識や簡単な数日の旅行で得た見聞程度で、海外の国々の文化や人間を理解したつもりにはなりたくないですな。


痛快ガンガン行進曲やトバルNo.1のように、打撃による闘いだけではなく、深い投げ合戦や掴み合戦が存在する格闘ゲームはいくつかありますが、しかし深い寝技合戦が存在する格闘ゲームってほとんど無いですねえ。
ま、その原因は、寝技による攻防は掴み技以に、内容が複雑な割に絵的に地味すぎるからなんでしょうけど。
実際、打撃技なんかは派手で見栄えもするし、傍から見てても痛さが伝わってくるけど、寝技やグラウンド上での関節技なんかは、ある程度格闘技をかじった人でない限り、ぱっと見では痛さも凄さも相当に伝わりにくいですからねえ。
ということをネオジオ版痛快ガンガン行進曲をプレイしながら思ってしまいました。


インターネットをしてるときにふと思いました。
なんというか、ネットを経由すると、ゲスなヤツのゲス度がよりいっそう高まるような気がしますねえ。
匿名である事や直接面会しなくてすむのを見てもわかるように、ネット上では現実世界での自分の人間像をさらさなくてもよいためか、ゲス野郎のゲスな部分がより大幅に増幅されてしまっているような。
実際、面と向かって文句や罵声を言えない人物でも、ネット上ならば人格が変わっちまったのかと思うほど荒々しく文句や罵声を発したりすることも珍しくないですし。
しかし、ネット経由だろうが面と向かってだろうが、結局はそのゲスさはゲスやろうが本来持っているゲスさ溢れる部分である事には変わりないわけで、そう考えると、ネット上でゲスな連中が蔓延しているのを見てもわかるように、こんなにゲスさを内面に秘めている人間が多いんだなあというのが感じられて、ややブルーな気分になっちゃったりもするような気がしないでもないような感じですな。

余談ですが、『魁!クロマティ高校』では、これとは逆に、現実世界ではものすごく恐ろしい番長なのにネット上ではとても礼儀正しい人格者、という上で書いたのとまるきり反対なキャラがいましたな。


先日、信号待ちをしているとき、
信号の色は緑(最近は青に近い緑)、でも呼ぶときは『青』信号
絵の具の緑、でも名前はビリジアン
何で緑は緑と呼ばれないんだろうなあ、とふと疑問に思ってしまいました。
でもなぜなんでしょうね、実際のところ。


パソコンメーカーには、電話でおおよその問題を解決してくれる、サポートセンターってのがありますね。
何ですが、『絶対サポセン黙示録』といったサイトを見てもわかるように、どうにもサポートセンターに電話をかける人の中には、ろくでもない連中も多いようです。
で、その中でよくあるのが、サポートセンターに電話して逆切れをかましたりするヤツ。
例えば、問題の解決なんぞそっちのけで「謝れ!」とか「誠意を見せろ!」とか「初心者だと思って馬鹿にしてるだろ!」といったくだらないことにグダグダにこだわる連中など。
あんたらは問題を解決したいのか、それとも更なる問題を引き起こしたいのか、どっちなのかと。
どうにも、彼らは問題解決よりもむしろ、えらそうにしたり怒鳴ったりして優越感に浸ったりストレス解消したりしたいだけなんじゃないのかなあと思えてしまいます。
『お客様は神様です』といった言葉にもあるように、日本では客が店側よりも圧倒的にえらいという図式が成り立っているため、どんな時でもえらそうにしてていいと誤解しているバカな客も少なくないものですが、そういうバカな連中にとって、どんな内容でも丁寧に対応するようにしてくれるし、電話だし、金は払わなくていいし、顔あわせなくて済むというパソコンサポートセンターは、何のリスクもなしに文句を言うには絶好のターゲット、つまり格好のカモなのかも。
いわゆる、反撃できない相手を攻撃する、弱いものいじめみたいな感じ。
なんとなーく、人間の卑屈な部分が見えるような気がして、あきれてしまうというか、もの悲しくなってくるというか。


今ではヒザをいためるということで、間違ったトレーニング法として認識されているうさぎ跳びを、学生時代は部活でやっていました。
といっても、やってたのは中学1年の頃だけで、ついでに内容も前方に飛ぶのではなく、後ろに飛ぶ『うしろうさぎ跳び』だったんですけど。
なので、普通のほどはひざに負担がかからなかったかもしれませんね。
でも、ムチャクチャしんどかったというのだけはいまだに記憶に残ってます。
辛かったなあ。


愛は地球を救うでおなじみの24時間テレビですが、考えてみれば何で24時間も放映するんでしょうねえ。
ついでにいうと、愛ではなく募金によって地球を救っているんですから、『金は地球を救う』もしくは『募金は地球を救う』のほうが正しいのでは。
まあ実際には、愛を込めた募金ということなので、愛ということでいいんでしょうけど。
しかしながら、あれによって集まった募金の何割が次回の番組の資金に消え、何割が各局関係者の接待費と遊行費で消え、何割が上層部のポケットの中に消え、何割がタレント事務所の利益になり、そして結局何割が本当に募金されるんだろうなあ、というのが少し気になったりします。
番組でも集まった金を『全額』ボランティアに使うなんていってないだろうから、いいとこ1割〜1里くらいなんじゃないかな、と思ってしまったり。
いや、もしかしたらそれ以下なのかも。
という考え方をしてしまう私はひねくれ者ですかね。


リプレイDEMOを作成するためにSam2ndをプレイしている時、毎回同じ音楽でプレイするのも退屈なので、すこし変化をつけようと、Sam2nd本編の音楽の音量を最小にし、それとは別にMP3プレイヤーを起動して歌を聞きながらSam2ndをプレイ、というスタイルで遊んでみました。
Sam2ndはワンステージが長いので、ノーセーブプレイだとワンステージ1時間近くかかることも珍しくなく、そのため同じ音楽が延々と流れ続けるとちょっと飽きることもあります。
なので、多彩な歌を聴きながらプレイできるこのスタイルは、なかなかに楽しいです。
……なんですが、MP3の再生はリスト内の歌を完全にランダム再生するように設定しているので、流れる歌がものすごくゲームの雰囲気に合うこともあれば、時にはものすごくゲームの雰囲気に合わないこともあったりします。
敵が前方からなだれ込むようにして出現している時に突然呑気でひょうきんな歌や哀愁的な歌が流れるのは、ゲーム中の雰囲気とギャップあり過ぎでなんだか笑えます。
でも逆に勢いのあるロックや高テンポな歌が流れると、雰囲気にマッチしてかなり燃えます。
ちなみに個人的にナイス!と思ったのは、最終面の隕石のシーンでアルマゲドンのテーマ曲が流れた時ですね。
隕石つながりで、まさにタイミングバッチリ。
逆にボス戦で演歌とかが流れると雰囲気に合わなさ過ぎて逆に新鮮。


ふと思ったんですが、ビアガーデンのビアって英語で書くとBEER、つまりビールの事なので、正しくはビールガーデンになるはずなのに、なんでビアって呼ぶんでしょうね。
それとも、ビールの事をビアと呼ぶべきが正しいのか。
ビヤ樽というのも、ビールの事を指しているんだから、ビール樽というべきなのに。
どうにもこうにも、英語の発音って、単語によってコロコロ変わるみたいですね。
いい加減というかなんというか。
まあ、かといっていまさら直すのは無理でしょうけど。

でも、もしこれが逆になったら、
居酒屋で『すんませーん、ビアをジョッキ二つで』
会社帰りに『帰りにビールガーデン行こうか』
太ってる人に『このビール樽みたいな腹、何とかしろよ』

……なーんか、しっくりきませんな。


よく戦時中を体験したおじいさんが語るネタとして、『竹槍でB-29を落とした』というとんでもない話があったりしますな。
まあ実際に竹槍で飛行機を落とせるわけはないので『B-29を落とした』というのは100%ネタでしょう。
中には竹槍で戦闘機を落とす訓練をやっていただのなんだのという本気なのかギャグなのかわからないような話もあったりしますが、しかし当時の日本帝国軍の行っていた無茶無謀振りを考えると、なーんかそういう刀や竹槍で戦闘機だの戦車だのを撃墜、撃破しようとする訓練を実際にやっていそうな感じがしないでもないですな。


かつて、ロボットがバトルするという内容で当時の子供達に夢を見せてくれたマンガ(アニメ)、『プラレス三四郎』というのがありました。
そして技術が進歩した数十年後の現在、それは実現されたのでしょうか?
おそらく、『バーチャロン』シリーズがプラレス三四郎のイメージに一番近いようですが、しかしアレはあくまでコンピュータ上で行われている仮想的な戦いなので、正確には違うものだといえるでしょう。
とすると、一番近いのは、アメリカでさかんに行われている『バトルボッツ』でしょうな。
回転ノコギリやらハンマーやら角やらローラーやらで武装した手作りラジコン操作マシンが、様々な仕掛けの施されたフィールド上で、相手マシンが再起不能になるまでタイマンバトルでぶつかり合う!
まさにプラレス三四郎な世界ここにあり!
でもバトルボッツのマシン達はプラレス三四郎のように人型二足歩行ロボットではなく、戦車型なのが残念。
まあ、機動性や物理的な効率を考えたら仕方ないかもしれませんけど。
二足歩行ロボがバーチャロンのロボットみたいにリモコン操作で戦えるようになるのはいつの日だろうか。


先日、道を歩いている時、7段くらいの階段でいきなりスッ転んでしまっいました。
それも、体が一回転するほどの派手な転び方。
その時、おおよそ周囲に20人くらいの人がいたんですが、イヤー恥ずかしかった。
それにしても、別によそ見をしていたわけではなく、ボーっとしていたわけでもなく、何かしながら歩いていたわけでもなく、足元がふらついていたわけでもないのに、なぜに唐突にスッ転んでしまったのがいまだに謎です。
こういうこともあるんですねえ。


先日、XP使用者である私もBlasterワームウィルスに感染してえらい目にあいました。
いったいいつ、どこから感染してしまったのかはわかりませんが…。
何でも、ネットにつないでいるだけで感染してしまうらしいんだとか。
感染したのはまだ本格的な対策が講じられる前のことだった上に、ネットに接続したらすぐにシステムがシャットダウンという状況だったので、原因を調べたりオンラインでアップデートパッチすらダウンロードできないという状況でした。
そんな状況下、自力で解決しようとしたのが運のつきでした。
自分で解決してみようとRPCを一時停止したら、それ以降、一切RPCサービスが再開できなくなってしまい、オンライン接続どころかOSの動作すらおかしくなるしまつ。
しょうがないからOSを最初から再インストールしようと思っても、インストール途中でなぜかエラーが起きて必ずインストールが中断されてしまうというハメに。
おまけにインストール中での中断なので、OSを起動させることすらできないという。
しょうがないからBios画面でCDからのブートを実行してXP環境の復元をしようと思ったら、BIOS画面でLOCAL USER ERRERが出てなぜかCDブートすらできなくなっていたという。
どうしようかと悩んでいる時にふと思いつき、XPの入っていたSATAHDD(Cドライブ)をBIOS画面で使用不可に設定してSATAHDDからブートされないようにし、そして次にFドライブに入ってた旧PCのWin98環境を無理やり現PCの環境で起動。
このWin98環境は、旧PCから持ってきたHDDを新PCに組み込んだときに気まぐれでそのまま残しておいたWin98だったんですが、まさかこんな所で役に立つとは思ってもみなかったです。 まったく、何が救いになるかわかりませんな。
そんなこんなで旧PCから残してあったWin98は、ドライバやハードウェアインストール画面がでまくりつつも、新PC上で一応は起動し、なんとかそこからCドライブにWinXPの再インストールすることができました。
なんですが、しかし一度SATAHDDをBIOS画面で使用不可にしてしまったせいか、SATAHDDのドライブレターが『H:』に変わってしまい、『C:』に戻らなくなってしまうという。
Win98を起動したせいで、Win98のドライブがC:に変更されてしまったんですね。
で、それを解決するためにいろいろ試行錯誤し、最終的にはHDD管理画面からドライブレターの変更をする&そのたびにXPインストールしなおし(なぜならブートドライブのドライブレターは任意変更不可だったから)という方法を用いて、何とかSATAHDDのドライブレターを『C:』に戻すことに成功。
これを成功させるため、合計XPのインストールを5回くらい繰り返しました。
今でもその名残で、私のHDDの中には同じWindowsXPがC:とE:に2つ入っています。
ブート画面では、『WindowsXP Professional』の項目が二つ並んでいるという。
そんなこんなで何とかドライブレター問題も解決し、アップデータプログラムをDLしてパッチを当てたはいいけど、念のためにオンラインスキャンしたら再インストールした直後のOSにもなぜかさっそくウィルスに感染しているというしまつ。
で、それを駆除するためオンラインウィルスチェックの全ドライブスキャンを2回ほど実行したり、ようやく直ったと思っても以前のソフトウェアをインストールするのに時間がかかったりなど、とにかくいろいろありました。
おかげで土曜日〜火曜日はこの作業でおおわらわ、4日間が見事につぶれてしまいました。
ただでさえ忙しいのに。
まあでも、時間はかかったけど、なんとか問題はほぼ解決しましたが。
いやはや、ウィルスの怖さを改めて思い知ったのと同時に、色々勉強になりました。
ついでに、DosモードからだとWinXPインストールできないというのも知りました。


キャッシュカードやクレジットカードは、他人に使われないよう、使用する際には暗証番号を入力しなければならないようになってます。
しかしながら、なんで毎度毎度のことながら、自分の誕生日というあまりにも分かりやすい番号を暗証番号としている人が多いんでしょうかねえ。
自分は紛失しないから大丈夫だとでも思っているんでしょうか。
カードがらみの事件の多くは、誕生日を暗証番号と設定していたため使われてしまった、といったケースによるものだというのに。
あまりにも分かりやすすぎるというか、それが人間のサガだからしょうがないというか。
いっそのこと、誕生日を暗証番号にするくらいなら、むしろ10101010や、11111111といった意外性がある上に分かりやすく、かつ心象深い番号にしたほうが、よっぽど安全な気がするよなあ、と思ったりして。


先日、部屋のヒューズが飛んでしまい、えらい目にあいました。
しかも、いろいろあって数日間で3回も飛んだという!
というのも、ヒューズボックスのある部屋は大家さんに開けてもらわないといけないので、大家さんのいない週末にヒューズが飛んだら最悪だという。
土曜日の晩から月曜日の朝まで、電気が一切使えないという状態。
『現代人、電気が無ければただのバクテリア未満の最弱生物』、というのはさすがにいいすぎかもしれませんが、とにかく、電気が無いとそれはそれはモノスゲー不便だ、というのを大学の海外研修以来久々に思い知らされることになりました。
PCやテレビはおろか、明かりすら使えない状態だったので、何も出来ず、しょうがないからこの週末の夜はろうそくの光を明りにしていたという。
まったくもって、電気が使えるというのはありがたいものですな。


理事長やPTA会長を親に持つ学生が、その権力を盾にしてやりたい放題するというのは、漫画でよくある設定なのは周知の通り。
なんですが、そんなやつって現実にいるんでしょうかねえ。
少なくとも、私の周囲にはいなかったし、また他の学校に行ってる知り合いからもそういう事があったなんて話は聞いたことが無いです。
大体にして、理事長やらPTA会長やらの息子(娘)ならばおおよそは他の学生よりも厳しく教育されているはずなので、普通はそういうことを絶対にしないようにしつけられているはずなのに。
それに、理事長やPTA会長の息子ならば、他の親よりも普通よりも厳しい目を向けられるものですしねえ。
仮に百歩譲ってそういう厳しい教育がなされていなかったとしても、息子(娘)がそういう親の威を借りてやりたい放題といった態度をとっていたら、そもそも親の立場が危うくなるはずですしねえ。
周囲から『あなたのところの息子(娘)はどういう教育をしているのですか!』『この不始末の責任、どう取るつもりですか!』とかいわれて、会長のイスを追われそうなものです。
そこんとこどうなってるんでしょ。


テレビでの洗剤の宣伝では、比較映像ってのがしばしば使われます。
ほら、あの画面が2分割され、従来の製品による汚れの落ち方と新製品による汚れの落ち方を比較して、新製品の効能がいかに優れているかとというのをアピールするアレ。
にしてもちょっと思うんですが、比較に使われている『従来の製品』の方って、なーんか、あまりにも汚れが落ちなさ過ぎな気がしますな。
どのCMでも見た感じ、『従来の製品』の方の映像では、ぜんぜん汚れ落ちてないし。
まあこの手の比較映像自体、99%誇張表現なのはわかりきっていることなんですが…。
しかし、もしもこれが本当だった場合、新製品の効果のすばらしさをアピールする以前に、そこまで売られていた『従来の製品』がその程度の効果しかなかったということのほうを問題視すべきなんじゃないか、と思えてしまいます。
そこんとこどうなんでしょうねえ、洗剤。


『黒ひげ危機一髪』っておもちゃがありますね。
ほら、あの樽に入った人形に外から剣を刺していき、当たりの穴を刺すと人形がビョーンと飛び出すというやつ。
パーティーゲームとして使われる事も多いので、これで遊んだ経験のある人は少なくないはず。
…なんですが、アレってよく考えたら海賊の拷問か、あるいは処刑を遊びにしてるのでは…。
そう思ってみると、とんでもないおもちゃだなあ。
マンガの表現などはすぐにクレームがつく割に、こういうのにはなぜにノータッチなのか不思議だ。

……と思ったら、元々は敵に捕まってたるに捕らえられた『黒ひげ』を救出するため、短剣を刺しロープを切って助け出すというゲームだったらしいですね。
今ではとびださせた方がまけというルールがまかり通っているため、私のような解釈をしてしまうのかも。
しかしながら、たるに一本一本剣を突き立てていくさまは、どう見ても救出というよりも処刑しているようにしか見えないんですが……。


先日、晩飯にカレーうどんを作ろうと思ったけど、うどんが無かったのでパスタで間に合わせ、『カレーうどん』ならぬ『カレーパスタ』を作って食べてみました。
まあそこそこな味でしたが、食べなれてないせいか、やっぱなんだかちょっと違和感が…。

ところで、カレーうどんって安っぽい庶民的な食い物ってイメージがあるせいか、高級なカレーを使うとどことなくイメージにそぐわない感じがしますね。
『高級カレーうどん』ってのはあんまり聞いた事ないし。


格闘ゲームに多少なりとも詳しい人ならよく分かると思いますが、格闘ゲームにおいては、大抵は素早くて手数の多いキャラ、いわゆるスピード型やラッシュ型と呼ばれるキャラが強いことが多いですよね。
で、その逆に、投げキャラ、パワー型キャラは、KOF95〜97といった一部を除いて、おおよそは弱い場合が多いようです。
いうなれば、『パワー型キャラ=弱い』、という図式がどことなく成り立っているというべきですか。

しかしながら、考えてみればあんまりな話ですな、これ。
現実とはまったく逆。
つまりこれはいうなれば、デカくてパワーがあるということや、パワー方キャラが強いという魅力を、ゲームではどうにもイマイチ魅力的に表現できてない、ということになるかもしれませんね。
大体は、デカイ=遅い=弱い、となっていますし、たまにその手ので強いキャラがいれば、
デカイ+強い=厨房キャラ
て認識されることがほとんどですし。

どうにもこうにも、こういうのを見ると、パワー型キャラというのは何となく不憫な気がしないでもないですな。
こういう現象は、牛若丸と弁慶の話や、『柔よく剛を制す』といった言葉などを見ても分かるように、日本人の根底にある『小が大を倒す』といった要素を好む意識や、比較的小柄な体格の日本人が大柄な人種に対するコンプレックスなどが根底に流れているからなんでしょうかねえ。
……って、そこまでのものではないかな。
いや、でも、やっぱ完全に否定は出来ないかも……。
漫画などでも、小柄な主人公が大きな敵をバッタバッタ倒すというパターンのものがわりと多いし。
うーん、難しいな。
考えてみると、意外に深いネタだったりして。


2003年7月に新しいPCを購入し、その処理速度の速さに驚いています。
……なんですが、それと同時にファン音のあまりの大きさにも驚いています。
PCゲームなどでマシンスペックをフル稼働させているときなどは特にすごく、CPUファンに電源ファン、ついでにグラフィックボードファンと3つものファンがごうごう音を立てるのは、まさに轟音。
以前のPCでもある程度ファンの音はしてましたが、新PCの前ではそれがささやきに聞こえるほど。
あんまりうるさいので、最初の頃は外の雨の音かと思ってしまったくらいです。
特にこれを書いている現在は、夏場で室温が高いということもあってか、起動した直後からファンがゴワゴワとフル稼働。
うるさいったらありゃしない。
2年ほど前に、PC雑誌でPC内部に冷凍庫のような冷却機構を内蔵してCPUを冷やすという記事を見たことがあるんですが、そんな必要性もあるんだなあ、と少し感じてしまいました。


格闘ゲームでは、基本的に3連勝負ってのがよくあるパターンですが、しかし実際の格闘技ではありえないんですよねえ。
だいいち2本目、3本目も1本目と同じ体力で勝負するということ自体がありえないわけですから。
で、そこで、ボクシングのラウンドのように、ラウンド2、ラウンド3と進むごとお互いの体力が少なくなっていくようにしたり、またラウンドを重ねる事に体力のみならずお互いの動きも次第に鈍くなっていき、しかも負けている側のライフの消費量はより大い、というリアルな格闘ゲームを作ったら………絶対売れないでしょうな。
実際、モーション以外の部分でリアルさを出した格闘ゲームの中でヒットしたものなんぞほぼ皆無ですし。


この間、ゲームセンターあらしの一巻を、ものすごく久しぶりに再読しました。
この漫画でおなじみなシーンといえば、スペースインベーダーやギャラクシアンなどで、あらしが目にも止まらない速さで敵機を撃破していくというシーンですね。
しかしながら、あれって昔から思ってたんですが、あらしがいくら素早い指捌きをしたとしても、スペースインベーダーやギャラクシアンなどは、ゲームそのものの展開はトロいワケで、目にも止まらぬ早業というのも実際の行動としてはたいしたことないんじゃないか、という気がしないでもないですな。
作中では、ものすごいハイスピードで面をクリアしてるけど、インベーダーなんかはどれだけ素早く行動しても一つの面をクリアするのに数分はかかるものなので、実際にはすごいスローペースだったりして。
いや、もしかして、あらしのプレイしているスペースインベーダーだけは、通常の10倍速で動いていたりして……?
と、くだらないことを考えてしまいました。


というわけで、小ネタコラム集その三でした。
いやはや、見返してみると、ホント、自分自身でいろんなことを考えてたんだなあ、というのを感じさせてくれます。
まあ、中にはどーでもいいつまらないネタも少なくないですが。

というわけで、またネタがたまったら、第4弾であいましょう。