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STGの難度は本当にインフレしているのか?

 

おおよそ1990年代の終わりごろくらいからでしょうか、シューティングゲーム(STG)というジャンルは世間的に、

『難しすぎる』
『難易度がインフレしすぎてる』
『普通のプレイヤーにはもはやついていけない』
『完全にマニア向けのジャンルになった』
『初心者置いてきぼり』

などと認識される事が多くなりました。
わかりやすくいうと、最近のSTGは難しくなりすぎだ、という。
これを読んでいる方の中でも、おそらくうすうすそのように感じている人はいるかもしれません。

しかし、

本当にそうなのだろうか?
世間でいわれているように、ここ最近のSTGはあまりに難しくなりすぎて初心者完全お断りな状態になっている、つまり昔に比べて難易度は大幅に上がっているのだろうか?

私としては、そうは思わないです。
最近のSTGは一見難しそうに見ますが、しかし決して昔のSTGに比べると驚異的に難しくなったわけではなく、レベル的にはあまり変わってないと思います。 また同時に、初心者完全お断りな状態でもないと思います(なおここでいう難易度というのは普通にプレイして一周などのオールクリアする事に関してであり、スコアアタックに関しては考慮してません。 スコアアタックを考慮すると考察がややこしくなりすぎるので。 また、ここで言うSTGとは主に縦もしくは横スクロールシューティングを指し、ガンシューティングやフライトシューティング、FPSの類は含みません)


昔のSTGの中にも、今のSTGと比較しても決して引けを取らない難しいものはたくさんあったものです。
有名なのは、『達人王』、『鮫!鮫!鮫!』、『グラディウスIII』、『雷電II』、などでしょうか。 これらのゲームは昔のゲームでありながら、伝説級になったほどの超難度がいまだに語り草になっているほどです。 またこれ以外にもマイナータイトルになると話題にならないながらも殺人的な難易度のものはけっこうあったりしました。
何も今のシューティングゲームが破滅的に難しいわけではなく、昔のは昔ので今のと同じくらい難しいものも数多く溢れていたわけです。

それに、難しい一辺倒に思われがちな昨今のSTGですが、しかしある面から見れば、昔のSTGに比べてむしろずっとプレイしやすくなった部分や、はるかに易しくなっている部分もけっこうあります。
ざっと代表的な例を出してみましょう


 ・ミスしても『その場復活』
現在のSTGは基本的に、ミスするとその場ですぐ次の残機が登場し、そのままゲームが継続されるようになっています。 いわゆる『その場復活』というシステムです。
このシステムのおかげで、プレイヤーはミスしてもすぐに次の残機を使って戦いを継続させる事が可能で、残機が減るということ以外は、ミスに対する影響がほとんどありません。 いやむしろ残機登場時に設けられた数秒間の無敵時間を利用したゴリ押しなどをうまく使えば、ノーミスで戦うよりもはるかに効率よく敵にダメージを与えれたりが可能になることも少なくないです。
しかし、昔のSTGの多くは『その場復活』ではなく、『戻り復活』というシステムになっていました。
『戻り復活』とは、プレイヤーがミスした時にその場で次の残機が登場してゲームが継続されるのではなく、一定の地点まで戻されてから新たに再スタートするというシステムの事です。
このため、例えばボス戦の場合、どれだけ大ダメージを与えてたとしても、一度ミスしてしまうと再び『戻り復活』でボスと戦う前まで戻されての再スタートとなるため、その場復活では有効だったその場復活を利用したゴリ押し力押し的な戦い方が一切通用せず、難しい局面であっても必ずノーミスで越す必要があります。 もちろんコンティニューしても同様。
いくら残機があってもそこをミスせずに越さなければならないのは相当きつい。 残機にモノを言わせて適当にプレイしてるだけでは到底先に進めないのです。
昔のゲームはこれが普通だったんですよね。

 ・ミス時にパワーダウンしない
昔のゲームに比べて、最近のはパワーアップに関しても親切になったものです。
大抵のSTGにはパワーアップシステムが導入されていて、プレイヤー機はスタート直後は弱い攻撃しか出来ないものの、パワーアップする事により強力な攻撃を繰り出す事が出来るようになります。 そしておおよそは、ミスするとパワーアップがなくなる(パワーダウンする)ため、再びパワーアップしなおさなければならないようになっています。
しかしながら、最近のSTGはパワーアップした状態でミスしても、大抵はパワーダウンに関してはかなりの救済処置が取られています。
例えば、ミスしたらパワーアップアイテムがいくつか画面中に放出され、残機出現時にそれを回収する事により再びミス前の状態までもしくはそれに近い状態まですぐにパワーアップさせる事が出来るようになってたり、あるいはミスしたら一段階もしくは少しだけパワーダウンするようになってたりなど。
しかしながら、昔のSTGの場合、ミスしたらパワーアップは全て剥奪され、イチからパワーアップしなければならないというのが当たり前でした。 なおかつ、最近のSTGのようなアイテム放出といった類などは基本的にありませんでした。 さらに上記のように、戻り復活で再度同じ敵と最初から戦いなおさなければならないときたもんだ。 それもミスした直後だから弱い装備で。
そのため、ミスしたときの立て直しの難しさは相当な者となります。
ゲームや場所によっては、一度ミスするとほぼゲームオーバー確定ということも珍しくなく、たった一度のミスでワンプレイ全てが台無しになる、つまり一度のミスすら許されないというのも、昔のSTGではよくあったものです。
もちろん、『復活パターン』という言葉が存在するように、綿密に研究すればミスした状態からの立て直しも十分可能とはいえるんですが、しかし通常の戦い方とはまた別に、ミスしたときの立て直し方には通常とは別の攻略法が必要となるし、またパワーアップゼロの状態から体勢を立て直す事わけですから普通のプレイ以上に難しいわけで、とてつもなく厳しくキツい仕様だという事に変わりはありません。

 ・ボムが格段に高性能化
最近のSTGで格段に親切になった部分の一つに、『ボム使用時は完全無敵』というのがあります。
一部例外はあるものの、最近のSTGのボムはおおよそ使用した瞬間からプレイヤー機は完全無敵となり、ボムの爆風が収まるまでずっと無敵状態が続くようになってます。
これなんて、昔のSTGのシステムから見ればものすごくうらやましい事この上ないです。
昔のSTGでは大抵、ボムを使用した時の無敵時間なんぞなかったものですから。
ボムの爆風そのものは高攻撃力で敵弾を消してはくれるものの、プレイヤー機が無敵になるわけではないので、ボムを発射しても敵弾に触れれば問答無用でミスとなります。
一応、ボムの爆風に重なっておけば敵弾からは身を守れますが、しかし無敵ではないので、爆風の中にいる硬い敵などには触れるとこれまたミスとなります。 それに爆風の中にいても、重なられた状態で弾を撃たれるとミスとなります。
これだけでも厳しいのに、それに加えて昔のSTGのボムは爆発するまで僅かに時間がかかるきたもんだ。
爆発まで一秒くらいかかるボムなんてのも珍しくなく、危ない!と思ってボムを撃っても到底間に合わず死亡、なんてのは日常茶飯事。 ついでに昔のSTGは敵弾が速いのもそれに拍車をかけている。
それに比べると、発動した瞬間無敵になるわ無敵時間は長いわの昨今のSTGのボムは、いかに高性能かというのを大いに感じさせてくれます。

 ・敵弾は遅く、自機は速い
弾幕STGになって以来当たり前のようになっている仕様ですが、これも昔のSTGからすればうらやましいシステムといえます。
というのも、旧来のSTGは敵弾が非常に速い。
その反面、自機のスピードは比較的トロい。
そのため、敵弾を見てから避けるのはかなり難しい。
ゲームによっては、後半ステージになるとおおよそ見てから避けたのでは到底間に合わないような高速弾が降り注ぐ事も珍しくなく、パターンを覚えてないと到底避けきれなくなります。
最近の弾幕STGでは気合避けをするとけっこう避けれちゃう事もままあったりしますが、しかし高速弾で自機は低速な昔のSTGでは気合を入れても避けれないものは避けれないという。 実際、敵弾を避けるようにあらかじめ移動し続けていても、敵弾が速すぎ自機が遅すぎてどうあがいても避けきれないなんて事もザラ。 避けるにはあらかじめ攻撃させないように仕込んでおかねばならない、なんて行動が頻繁に求められます。
しかし最近のSTGでは、敵弾が全体的に遅く設定されていて、密度こそ高いものの見てから避けても十分間に合う攻撃が多い。 もちろんステージが進むにつれ見てからのアドリブだけでは避けきれないようにはなりますが、しかし前述した気合避けという言葉があるように、パターン通りに避けきれなくとも気合でけっこう回避できる事もままあるという。 それに、自機の移動スピードが敵弾を十分避けれるスピードに設定されているため、避けることは理論的には不可能ではない。 オマケに密度の高い敵弾を避けるための低速モードまで用意されているという至れり尽くせりぶり。 ついでにいうと、敵弾が遅いためやばい状況が把握しやすく『ボム抱え死』が起きにくい。
気合で何とかなる可能性のあるこのシステムは、気合を入れてもスピードの落差のおかげでどうにもならない事がある昔のSTGにとってはありがたすぎるシステムです。

 ・フルオート連射、セミオート連射が常備された
小さいことですが、これも見逃せません。
昨今のSTGはほぼ全て、ボタンを一度押すとある程度連射してくれるセミオート連射、あるいは押しっぱなしでずっと連射してくれるフルオート連射昨日が常備されてます。
これが昔のSTGと比較すると、本当に便利。
昔のSTGは連射が必要なゲーム性の割に、一部を除けばオート連射なんてほとんどありませんでした。 あるとすれば、一秒間に1〜2発程度の遅い連射が付いてるくらいか。
つまり昔のSTGは自力で連射しなければならなかったわけです。 連射が求められるゲーム性だった割に。
そのため、昔は連射するだけでも多大な労力が求められていたわけで、連射速度の速さがゲーム攻略において非常に重要な要素を締めていました。 連射が遅い人などは既存の攻略が通用せず、自分ならではな攻略を編み出さなければならない事も。
ゲーム中の敵の攻撃を回避するだけでも一苦労なのに、それに加えて連射という苦労まで強いられるときたもんだ。 最初から最後まで連射が求められるため、高度なプレイをするには精神力だけでなく体力も必要とされたのです。
連射しすぎで腕が吊ったり、連射しすぎで疲れるので日に何度もプレイできないなんて事もよくあったものです。
しかし、現在ではそのような問題は皆無で、ボタン押しっぱなしでオートで連射してくれる『ソフトウェア連射装置』がゲーム自体に常備されるようになり、楽に連射可能になりました。
もはやSTGで連射する事自体ほとんど求められなくなり、昔のゲームではアレほど苦労した連射による苦労は、現在ではもはや背負い込む必要はなくなったわけです。 そして同時に、連射速度の差による難易度の落差も一切考慮する必要がなくなりました。


このように、最近のSTGは昔に比べて難しくなったとかいわれつつも、昔のSTGに比べるとはるかに優しくプレイしやすい仕様になっています。
特にボム無敵とかその場復活なんかは、初心者にとっては非常にありがたいシステム。
一度やられたらいくら残機が残っててももうほとんど終わってる戻り復活とか、緊急回避的な使い方なんてまず出来ないくらい発動の遅い旧STGのボムの仕様などは、どう考えても初心者にとってはきつすぎます。
初心者置いてきぼりなんてとんでもない、むしろ最近のSTGのシステムの方がよっぽど、初心者でもある程度は進めれるように親切に作られているのです。


ではなぜ、最近のSTGはそんな親切設計を採用しているのが当たり前なのにもかかわらず、やたらに難しいといわれたり、やたら難易度がインフレしているなどいわれるのだろうか?
色々とあるでしょうが、私としては、以下のような原因があるからだと考えてます。


 1.見た目からして難しそう
一言でいうなら、弾幕が難しそうに見える、と。
これがまず原因の一つでしょう。
弾幕STGは、バトルガレッガの登場、そして怒首領蜂のヒットによりその存在が確立され、圧倒的な量で押し寄せる弾幕を、やられ判定の小さいプレイヤー機ですいすい避けていくさまは、これまでのSTGにはない新たな旋風を巻き起こし、弾幕STGは以後のSTGに多大な影響を与え、いまやSTGといえば弾幕、といえるほど浸透することになりました。 また、小さなやられ判定による偶発的な避けなどは、あまりSTGが上手くなくても自分は上手いという錯覚や快感を味わわせてくれるというのも、弾幕STGが広まった要因の一つといえるでしょう。 もっとも、時には『弾幕と避けばかりがメインとなるのでSTG本来の破壊する楽しみが薄れた』という声もちらほら聞かれたりはしますが…。
で、そんな弾幕当たり前な昨今のSTGですが、一つだけ問題があります。
それは、『端からだととてつもなく難しそうに見える』ということ。
おそらく、弾幕STGが難しすぎだと敬遠される最大の原因の一つでしょう。
画面を覆いつくすほど超大量の弾が降り注ぐ画面写真やゲームプレイ画面などは、プレイしている本人にとってはそれほどの脅威ではなくとも、知らない人から見れば恐ろしいまでに難しそうに思えるものです。
そりゃそうだ、実際にプレイしてないとやられ判定が極めて小さいなんてことはわからず、おおよそは見た目どおりの大きさだと思うもの。 そんな見た目大きめなプレイヤー機では到底避けれないような莫大な量の弾が画面を覆いつくしているとなれば、パッと見ではどう考えてもムチャで避けきれないと感じてしまいます。
ゲームが終始そんな弾幕雨あられ状態で構成されてるとなると、これはもう知らない人からすれば、とんでもなく超絶難しそうなゲームに見えても仕方のないことです。 そして上手いプレイヤーがそれをひょいひょい避けていくさまを見ると、完全に次元が違うゲームだと思いこんでしまうものです。
実際にやりこんでみると、小さい判定に遅い敵弾のスピードなどによってそこまで超絶に難しいわけではないとわかるものの、しかしほとんどのプレイヤーはゲームの第一印象は見た目から判断するため、STGをめったにプレイしない人や、全然プレイしない人などは、弾幕ゲームの画像を見るとおそらく十中八九は『ムチャクチャ難しそう』といった類の印象を持ってしまうものです。
反面、遅い弾による弾幕ではなく、基本的に高速弾によるピンポイント攻撃、そしてそれをトロイスピードのプレイヤー機で紙一重で避けるという昔のSTGは、画面写真などをみてもあまり難しそうには見えません。
昔のSTGの画面写真をみると、一度に画面に表示されている弾は数発、多くてせいぜい十数発程度なので、昨今のSTGに比べると見た目的にはずいぶん簡単そうに見えます。 実際には、それらが高速でひっきりなしに迫り来る上に自機の動きがトロいので、弾幕STGとは逆に見た目以上に難しい事が多いのですが。 たった一発の弾が致命傷、って事も良くあるものですし。
このように、昨今のSTGではおなじみの弾幕という存在が、難しそうというイメージを増大させる大きな一因となっているわけです。


 2.やりこまないプレイヤーが増えた
次に大きな原因として考えられるのが、ゲームをあまりやりこまないプレイヤーが増加したからでしょう。
家庭用ゲームで言うなら、ライトユーザーの増加ってヤツですか。
ここで言うやりこまないというのは、アクション系のゲームをしっかりと攻略しないでプレイするプレイヤーが増えたということ。
言い換えるなら、難しいゲームはあまり求めず、敷居が低くてとっつきやすいゲームばかりを主にプレイし、それである程度爽快感を味わったら終了するというユーザーの事です。
STGの場合、破壊の爽快感などの表面的な部分だけを求め、そこからさらに先の段階である、攻略するという部分まで踏み込もうとしないという感じですか。
逆に言うと、攻略するのがある程度難しいゲームだと、敷居が高いといってろくに手を出そうとしないプレイヤーが多くなった、ともいえます。 そして前述のように単にバリバリ撃つだけの楽しみだけしか味わわないと。
詳しくは4番で後述しますが、とにかく昨今のアクション要素のあるゲームは、全般的に適切な難易度がとられ、誰でもクリアできるように作りこまれる事が多くなったため、難易度が基本的に固定されてて真剣にやりこんで練習しないと先に進めないようになっている昔ながらのアーケードスタイルを貫いているSTGは、現在ではどうにも敷居が高いと取られているようで、受けが悪いようです。
乱暴に言うなら、最初から誰でも簡単にクリアできるゲーム、もしくは時間さえかければ必ず最後まで行けるRPGのような仕組みのゲームが求められている、と。
最初からある程度難易度が高く、最後まで進むためにはかなり真剣に取り組まなければならないSTGは、それだけで手が出しにくい存在になっているわけです。
それに加え、難しいゲームとなるとすぐに投げ出して、きっちりやり続けないというのも大きな原因となっています。
STGは基本的にストイックなゲーム性であり、誰でも簡単にクリアできるようなぬるいものは少ないです。 特にワンコインで最終面やラスボスまで到達したいのなら、ある程度の練習と攻略は必須。
しかし、昨今のプレイヤーは色々な原因により、一つのゲームをやりこむという事が少なくなってきています。
一回クリアしただけで終わり、一回エンディングを見ただけで終わりという。
アクションゲームでも、昨今のはコンティニューが可能で簡単に最後までいけるようになっているものが多いため、コンティニューしつつ一度最後までクリアしてエンディングを見たら終わりというプレイヤーも少なくないです。
STGにおいても同様で、コンティニューしつつ最後までプレイし、破壊の爽快感を一通り味わったらもう飽きてしまうという。
つまり、ストーリーやエンディングを見るため、爽快感を味わうためにプレイしているだけ、と。
しかしながら、元々アーケードゲームのスタイルがメインとなっているSTGというのは、そんなエンディングを見たりストーリーを楽しんだりするための見るゲームではなく、また破壊の爽快感を味わうためだけのゲームではなく、途中の過程つまり攻略していく段階とそれによる達成感を楽しむゲームです。
確かに破壊と撃ちまくりの爽快感というのもSTGの魅力の一つですが、しかしそれはあくまでSTGの魅力の一部分。 段階でいうなら序の序で、全てではありません。
STGには、それを越えた先に、攻略するという更なる楽しみがあるのです。
その最たるものが、昔から変わらない、ワンコインにてオールクリアや少しでも高いハイスコア獲得のための攻略をするというスタイル。
敵の攻撃を避ける、切り返す、最小限の動きで回避する、敵の攻撃パターンを読む、効率のよい攻撃方法を試行錯誤する、効率の良いスコア獲得パターンを研究する、記録が伸びたときの達成感、そして苦心の末最後まで到達できたときの喜び。
しかし、どうも最近はそういうスタイルは一般的ではないようで、ワンコインでどこまで進めれるか、ワンコインで最後まで進むためどのように攻略をするかという、達成を目指すSTGの醍醐味はイマイチ受け入れられないようです。
そしてその結果、大多数のプレイヤーは適当にプレイして適当に遊び適当に敵を破壊したらもういいやということで、プレイを止めてしまう。 もしくは、ある程度プレイして難しいと感じたら、もうダメだとすぐにあきらめて止めてしまうという。
大してやりこんでもいないのに、少々プレイしただけの印象をそのままそのゲームの全ての印象として決定付けてしまう。
そして結局、ちょっと出来ないからといってSTGは難しいものだと決め付けてしまい、他のゲームに比べて難しすぎるという印象ばかりもたれてしまいます。
例えるなら、マラソンをしたことのない人がいきなり10キロ休まず走ろうとしても到底できない。 それでもペース配分などを研究して地道に練習を続ければいつかは走れるようになれるはずなのに、数日少し走りこんだだけでもうダメだとあきらめて、マラソン10キロはムリだと決め付けてしまうみたいな感じですか。

ここで一つ、わかりやすい例を挙げてみましょう。
セイブ開発のリリースした、『雷電』というゲームがあります。 1990年に登場したこのゲーム、私も簡単にですがレビューを載せました。
雷電はテトリスやスト2といった超有名タイトルのように爆発的ヒットこそしませんでしたが、しかし幅広い年齢層、中でもサラリーマン層に大いに受け入れられ、アーケード市場はタイトル回転のサイクルが早いのにもかかわらず、少なくとも数年間にわたって地味ながら安定した高インカムをたたき出し続けロングランヒットとなった名作STGです。
もちろん、ヒットしたのはゲーム性が優れていたからで、シンプルかつわかりやすい内容、そしてやりこむほどに先が見えてくるキチンとした作り込みなど、多くの人が認める名作STGのひとつというのは間違いありません。
が、このゲーム、はっきり言って決して簡単なゲームではないです。
今のレベルから見ても、(設定によって若干の差異はあるにせよ、デフォルト設定では)かなり難しい部類のSTGかもしれません。
というよりも、最近のゲームしか知らない人がこの雷電をプレイすると、おそらく難しすぎるという印象を持ってしまう可能性が高いです。
しかしながら、そんな難しいこの雷電も、長期に渡りロングランヒットを飛ばしました。
一流シューターは何週もするほどやりこみました。
それに加え、決してあまりゲームが得意ではないプレイヤーにおいても、後半ステージや最終面をクリアしたりすることもけっこうありました。
ではなぜ、決して簡単ではないこの雷電を、ゲームが得意でないプレイヤーがそんな事を実現できたのか?
理由は言わずもがな、彼らが長い時間かけて繰り返し繰り返しプレイし続け、攻略し続けたからです。
雷電は難しいゲームで、初めてのプレイなら一面で高確率でゲームオーバーになってしまうほどだし、少々やりこんだところで2面や3面のボスと対面する事すら困難な激難易度です。
一流のシューターでもない限り、決してプレイし始めて一ヶ月やそこらで一周できる作りのゲームではありません。
体験した事のあるプレイヤーならわかるでしょうけど、当時は宇宙ステージ(ステージ5)にいくまでに数ヶ月も費やすとかザラでした。
根気よく毎日プレイし続けて、半年かけてようやく宇宙面に到達したとか、一年かけてようやく一週できたというプレイヤーも数多くいました。
それだけやり続けて、ようやく一周できるレベルのゲームなのです。
しかもループゲームなので、二週目、三週目になるにつれゲームの難度はより上昇し、さらに多くの苦労を強いられる事に。
三年四年やり続けてもいまだに2週目が越せないなんて事も当たり前。
中には一年以上やり続けてもいまだに一周すらできないなんてプレイヤーも沢山いました。
それだけ敷居の高いゲームなのです。
おそらく、最近のゲームに決して引けを取らないレベルの難易度かもしれません。

最近のSTGが難しい難しいといわれるのは、おそらく、上記の雷電の話のような、長く続ける気概のあるプレイヤーが少なくなったからだと思います。
例えば怒首領蜂を、難しすぎる、一周すら出来ないという人はけっこういるでしょうが、その中で果たしてどれほどの人が、数ヶ月、半年間、一年間もの間ずっと繰り返しやり続けしっかりと攻略し続けたのでしょう?
それだけやり続けて一週すら出来ないのなら、確かに難しいというのは間違いないかもしれません。
が、実際のところ、大半はそこまでやらずに難しいと言い切ってしまってると思います。
せいぜい、数週間か一ヶ月ほどやって、ちょっと煮詰まったところでコリャ難しいやダメだと結論を下し、あきらめてしまう。
あるいは、攻撃の避け方の研究やパターン作成をまるでせず、数日に一回ほどのペースで何も考えずに適当にするプレイするだけで、全然先に進めない難しすぎるよと嘆くとか。
しかしながら、真剣にやりこんでみるとわかるんですが、弾幕ゲームというのは見た目こそ難しそうに見えつつも、マジメにやりこみ攻略を続けていくと、実際にはそう難しいものではなかったりします。 やられ判定が小さいため見た目ほど避けるのは難しいものではありませんし、それに攻撃の大半はパターン化することにより、ミリ単位で縫うような操作をせずとも大まかに避けるだけで回避できるようになります。 また危なくなれば性能のよいボムを使えばいい。 そしてそのボムすらもキチンと使いどころを決めておけば、さらに生存率は上がる。
敵の攻撃を少しずつ理解し、どの攻撃をどのように避ければ比較的安全なのかを把握し、そしてそれに合うよう安定した形の攻撃パターンと回避パターンを作成し、そしてどうしても難しい場面はボムをあらかじめ使用するよう決めておく。
それを何度も少しずつ繰り返し高効率化ていくうちに、次第に先に進めれるようになるものです。
もちろん、昨今のSTGには、怒首領蜂の二週目後半、怒首領蜂大往生の二週目、虫姫さまのウルトラモードといった、一流シューターですらてこずるほどの超難度な部分はあるでしょうが、しかしこれは二週目や特別なモードという、いわゆる普通のプレイからさらに高い段階を目指す超上級シューターが立ち入る領域で、そもそも普通のプレイヤーには縁のない領域なのだから、難しくて当然です。
昔のSTGで言うなら、二週目、三週目、四週目などの高次周ですか。
このような領域を指して普通のプレイヤーが『難しすぎる』とかいうのはお門違いでしょう。 そもそもそんな高次周は普通のプレイヤーが手を出す領域ではないのですから。
また、二週すればオールクリアとなる最近のSTGは、3週4週5周とエンドレスで続き難易度がそれに伴い上乗せ式に上昇していく昔のSTGに比べると、むしろ易しいといえるといえるかもしれません。
つまるところ、弾幕シューティングを普通に一週目をクリアするだけなら、そこまで難しいわけではないのです。
それどころか、ボムの性能やその場復活などがあるので、むしろ昔のゲームよりもやさしく親切だといえるかもしれません。 
エスプレイド、エスプガルーダといった一周エンドのゲームだとそれはよくわかるもので、このゲームは少しやりこめば、そんなに時間がかからずオールクリアを達成する事が出来ます。
上手いプレイヤーの場合は数週間でオールクリアできるし、あまり上手くないプレイヤーでも数ヶ月もやればオールクリアできる可能性は高いです。
このようにちゃんとやりこめば一流シューターでなくてもキチンと攻略可能な弾幕ゲームなんですが、しかし問題なのは、やらないからこそ難しいと決め付けてしまうことであり、やりこまないからこそすぐに何でもかんでも難しすぎると結論を下してしまう事なのです。
ではなぜ、そんなやりこまないプレイヤーが多くなってしまったのか?
3で説明します。


 3.ゲームバランスが最適化され、それによって達成のための向上心が低下
昨今において難しいゲームをやりこまないプレイヤーが多くなってしまったのは、大多数のアクション系のゲームが、おそらくライトユーザー層などを考慮してなのかもしれませんが、どんなプレイヤーでも均等に楽しめるようにきちっとしたバランスが調整なされるようになったからでしょう。
もっとも代表的なのが、ゲームの難易度選択。
昨今のアクション性の求められる家庭用ゲームのほとんどが、ゲームプレイ開始時に難易度を選択できるようになっています。
基本的にはEasy、Normal、Hardの三段階に分類され、ゲームによってはVery Easy、Beginner、Very Hard、 Expertなど、さらに細かく分類される事もあります。
これにより、アクションがあまり得意でないプレイヤーはEasyを、そこそこできるならNormalを、そしてアクション系が得意ならHardを選択するようになり、一つのゲームをどのレベルのプレイヤーでも満遍なく満足いく難易度にてプレイできるようになります。
これこそが、ゲームの達成するための向上心の低下の一因となり、そして同時に、STGがやたらに難しい扱いされる一因になっているのだと思います。
なぜなら、難易度選択により簡単にゲーム全般の難易度を下げれるため、わざわざ難しい部分を地道に攻略する必要がなくなるからです。
もちろん、中にはあえて難しい難易度を選択してマジメに攻略するプレイヤーもいるかもしれませんが、しかし大多数は、なにも困難でキビシイ難易度を選択して苦労するよりも簡単な方が選択できるならそれに越した事はないと考えるもので、それによりやりこむ必要性がなくなり、同時にゲームを攻略するための向上心が低下していきます。
最近のプレイヤーに多いと思います。 デフォルト設定プレイしてたが思った以上に難しいと感じたので、オプション設定にて難易度を下げて再度プレイしなおすという人が。 もしくは、アクションが苦手なので最初からEasyなどの簡単な方を選択し、それであっさり最後までいってクリアすると終わりという人が。

しかしながら、この形はSTGには当てはまりません。
元々STGはアーケードスタイルのゲームであり、アーケードゲームというのは基本的に難易度を選択してからプレイするゲームではありません。 最初から用意された難易度こそが、そのSTGの難易度となります。(一応、ディップスイッチなどで難易度はある程度上下しますが、しかし家庭用ほど難易度選択の幅は広くなく、ほとんどの場合市場ではデフォルトに近い設定を採用するものです)
初期のファミコン時代のSTGやアクションゲームも同様に、難易度調整なんてありませんでした。
だからこそ、難易度そのものものも、そのゲームの個性となりえたのです。
ですが、昨今の時代においては、難易度がそのゲームの個性になりにくくなったよううで、この手の固定された難易度はもはや受け入れられなくなっているようです。
プレイ前に難易度が選択できるため、アクションが苦手な人でも労せず最後までプレイできるように作られている。
ゲームは誰でも満足いけるように最後までプレイできるようにしなければならない、と思われるようになってしまったのです。
実際、前述したように最近ではアクションゲームをEasyに設定してプレイする人は相当多いみたいで、Easyで最後までプレイして満足し、そしてこのゲームは最後までクリアしたからもういいや、と止めてしまう人も少なくない。
そんな状況の現在においては、最初から難易度がほぼ固定されててプレイヤーに難易度を選ぶ余地のないSTG、言い替えると先に進むには自力で這い上がっていくしかないというストイックな試練的内容のSTGが受け入れられなくなっているのも当然といえます。
結果、多くのプレイヤーにとって最近のSTGは他のゲームに比べて突き放すような感じの作りに感じられるわけで、難しくてうまく先に進めないプレイヤーからはもうそれだけでダメの烙印を押されてしまう。
STGは本当なら、難しいのをいかに攻略していくかが楽しいはずなんですが、誰でも受け入れられる幅広い難易度選択が当たり前となり、それにより労せずとも誰でも最後までクリア可能な作りが当たり前になった昨今では、もはやそんな荒行苦行的とも言える練習と攻略をするという向上心を持つ必要がなくなってしまったわけです。
時には、難易度選択が出来ないゲーム(もしくは選択しても難易度の幅がほぼ変わらないゲーム)は、クソゲー扱いされてしまう事もあるくらいです。
もはや今の時代のゲームにおいては、難しい難易度を攻略する、困難を達成するという楽しみ方は、一部のマニアにしか通じなくなったんでしょうねえ。


 4.コンティニューが当たり前になった
これは3番の適切難易度調整の話ともつながっているんですが、コンティニューをするのが当たり前になったというのも、STGが難しいといわれるようになった原因の一つといえるでしょう。
STGは元々アーケードスタイルのゲームであり、ワンクレジットによるワンプレイで最後まで進むのが基本となっています(詳しくは5で後述)。
が、最近のゲームはデフォルトでコンティニューがついていて、またその場復活などの要素もあいまってか、簡単に引き続いてのプレイができるようになりました。
これもまた、STGには相反する要素です。
いつしかSTGにもコンティニューは付くようになりましたが、しかしSTGをマジメにプレイするプレイヤーの間では、いまだにSTGといえばワンクレジットプレイが基本だといわれています。 おそらく昔ながらのアーケードスタイルを貫いているため、コンティニューするという意識がまだ薄いのでしょう。
しかしながら、STG以外のジャンルのゲームでは、もはやコンティニューするのが当たり前になっています。
中にはコンティニューに若干の制限があるものもありますが、しかしコンティニューすることに変わりはありません。
また、セーブもコンティニューの一種といえます。
もちろん、プレイに長時間かかるゲームにおける途中経過の保存という意味でのセーブは仕方のないことなのかもしれませんが、しかしどこでもセーブできたり、セーブにこれといった制限がなかったりするゲームの場合は、セーブはコンティニューとほぼ同じ意味を持つことになります。
例えば強そうな敵の前にセーブしたり、難しいダンジョンに挑戦する前にセーブしたりなど。
まさに、それらを失敗したときにすぐにそこから再開できるようにする、コンティニューの一種。
それくらい現在ではコンティニューや保険としてセーブした所から再開をするのが当たり前な意識がもたれるようになっているわけですが、しかしコンティニューしないで今ある残機のみで進めるのが普通といえるSTGにおいてはこれは全くもって正反対の状況です。
たとえゲームオーバーになってもコンティニューすればOKという意識が普通になってしまい、それにより前述のような、『自力で進める』という向上心は求められなくなってしまったという。
コンティニューすれば簡単に最後までいけるものだから、一生懸命上手くなるためのやりこみをする必要がなく、最後まで行くのにもたいした苦労せずに済む、という。
私の友人などはまさにそんな感じで、彼はアクションゲームを多少はやったりするんですが、いつもコンティニューしまくりでクリアして終了、というプレイしかしません。 私が『コンティニューしないでクリアできるように練習しないの?』と聞くと『なんで?コンティニューで最後まで遊べるんだから、これでいいだろ』といいました。 まさにコンティニューが当たり前になった昨今の事情を反映してる人といえます。
限られた残機とワンプレイをいかに駆使し、それを元にどうやって最後まで進むかという攻略パターンを作成していきそれを達成するかがSTGの醍醐味なんですが、コンティニューするのが当たり前となっては、どうにもそんなものは意味を持たなくなってしまっているようです。
そしてそのため、コンティニューしないでプレイするのを基本とするSTGが必要以上に難しく見えてしまうわけです。


 5.ワンプレイに力を注ぐアーケードスタイルの衰退
ご存知の通り、1990年代終盤頃から、アーケードゲーム市場は衰退の一途をたどっています。
理由はまあ色々あるでしょうが、とにかくアーケードゲームの市場はかつてとは比べものにならないほど規模が縮小していき、アーケードから撤退するメーカーも多く、つぶれるゲームセンターやアミューズメントスペースもどんどん出現しています。
またPSから始まった家庭用ゲーム機の爆発的普及により、現在ではもうゲームといえばもはや家庭用ゲーム機の事を指すほどになってしまいました。
そしてその結果、プレイヤーのゲームに対する観点みたいな意識も若干変わったといえます。
ゲームといえば家庭用ゲームの事を意味する昨今ですが、そんな家庭用ゲームはアーケードゲームのスタイルとは様々な面で異なります。
例えば、アーケードのワンクレジット方式と、家庭用のワンプレイ持続方式という違い。
アーケードゲームというのはプレイヤーがお金を投入してプレイするというクレジット方式、つまり一回のプレイ毎に金を払うというシステムであり、なおかつ毎プレイ最初から始める仕様なため、大まかにいえばワンクレジットでそのゲームのほぼ全てを体験する事になります。
言い換えるなら、ワンクレジットでのプレイが非常に重要なわけです。
古くからのアーケードスタイルを基本としているSTGにおいてはそういう環境が基本となっているわけですが、しかし家庭用ゲームが今のゲーム市場のメインとなっている昨今では、このスタイルはもはや希少な存在になってしまいました。
家庭用ゲーム機はご存知の通り、一度ソフトを購入すれば後はいくらでもプレイできるようになっています。
そのため、一度ミスしたりゲームオーバーになったところで、時間さえあればいくらでも再度プレイできるわけですから、特に焦る必要はありません。
それに加え前述の難易度選択による誰でも楽しめる仕様、途中経過をセーブ、気軽にいつでもコンティニュー可能といった、アーケードとはあまりにかけ離れているこのシステムも常備。
しかしそうなると問題なのは、家庭用ゲーム機では当たり前なこの仕様では、アーケードゲームでは常に味わえた、プレイに対する緊張感がでなくなる事が多いということ。
アーケードゲームというのは一回ごとにお金を払うというシステムのため、何度もプレイするとなると必然的に何度もお金を払う事になります。
となるとプレイすればするほど散財していく事になるわけで、普通はそんな早い散財を望むプレイヤーはいません。 もし同じゲームをワンクレジットで3分しか遊べないのと、10分遊べるのなら、当然後者の方を望むものです。
ではどうするか?
答えは簡単、自身のプレイを上達させるのです。
言い替えるなら、攻略をして長くプレイできるように研究、努力するのです。
これこそが、アーケードゲームにおける楽しみといえる『上達する楽しみ』と『攻略する楽しみ』です。
昔のアーケードゲームは基本的にループゲームで、ミスして残機が全て失われない限り延々とプレイし続ける事が可能なものが多く存在してました。 つまり上手くなれば、プレイ時間はそれに比例して延びる。 それだけ得する事になります。
だからこそワンプレイに緊張感を持ち、全身全霊を注ぎ込み、真剣にプレイする、上達しようとする。
まさにアーケードゲームでの楽しみ方です。
現在はインカムなどの関係からそのような永久ループゲームはほとんど見られなくなり、ある程度進むとエンディングに到達して終了というゲームばかりになりましたが、しかし上達すれば一回のプレイ時間が長くなる事には変わりありません。
アーケードの対戦格闘ゲームでプレイヤーが勝ちたがったり勝つための研究をしたがるのも、勝つのが気持ちいいのもそうですが、同時に面白い対戦を何度も続けたいから、言葉をかえると少ない投資で長時間プレイしたいからでもあります。 これまたアーケードなスタイル。 実際、対戦で勝てば引き続きプレイできるからこそ、勝ちたいという意欲が出るわけで、もしも対戦毎に結果はどうあれ双方とも金を払い続けなければならないのなら、誰もプレイしないでしょう。 勝っても負けてもお金を損するわけですから。
しかしこれが家庭用ゲームの場合はどうでしょう。
一度ソフトを購入してしまえば、後はいくらでもプレイ可能。
購入時に一度の損失は出るものの、それ以降の損失は一切無し。
そんなプレイ内容に対して何の損失もない状況で、上達しようとする強い意思は生まれるでしょうか?
おそらく、大多数はアーケードゲームと同じくらい深刻に集中してプレイはしないでしょう。 もちろん上達するためにマジメにプレイする事もあるでしょうが、アーケードほど切羽詰った気分でプレイすることはないはずです。 なぜならミスしてもゲームオーバーになっても金銭的な痛手が無いのだから。 
アーケードゲームほど、ワンプレイに対する真剣さや、上達に対する意欲は沸いてこないのです。
先ほど書いた対戦格闘ゲームの場合もそう。
毎回お金を使ってアーケードで対戦するのと、家庭用の対戦モードで対戦するのでは、プレッシャーや集中力が違います。 家庭用の場合、負けてもまた次があるからいいやという幾分軽い気分でプレイしがちになり、アーケードのときほど深刻にプレイしません。 しかし何かを賭けたりすると、とたんにみな真剣になるものです。 なぜならアーケードでクレジットを失うのと同じように、賭けての対戦で負けると何かしら損失するから。
失うものがあるからこそ、真剣に上達しようという気概が生まれるものなのです。
家庭用ゲームがメインで、ゲームは購入してそれからいくらでもプレイするようになっている現在では、もやはワンクレジットに全身全霊を注ぎ込むというプレイは珍しいスタイルになってしまっていて、そういうアーケード的なシステム上で今でも成り立っているSTGは、家庭用的なプレイがメインとなった今では大半のプレイヤーにとっては珍しいジャンルとなってしまっているわけです。 前述したように達成のための向上心が低下し、また真剣に攻略などをやりこまないのです。
その結果、上達しないと先に進めない旧来のSTGは現在の大半のプレイヤーには敷居がいささか高くなり、うまくならなければ先に進めないようになってる仕様が他のゲームに比べて格段に難しく感じてしまうのも、仕方のないことなのかもしれません。


 6.シューティングの衰退
最後に、STGが難しいといわれるようになったのは、STGが衰退したからだと思われます。
昔はSTGといえばゲームの中でも一大ジャンルで、『ゲーム=シューティングゲーム』といえるほど存在感があったものでしたが、今ではSTGは一部のメーカーしか出しておらず、年に数本程度のリリース数という悲惨な状況。 さらにはシューティングをプレイするプレイヤー人口も割合的に少なくなっているという。
ではなぜ、そんなシューティングの衰退が、昨今の『難易度インフレしすぎ』とか言われる現象につながっているのか?
理由は二つあります。

一つは、STGの衰退によりリリース数が減った結果、STGそのものをプレイする人口が全体の割合としては少なくなり、このジャンルに対してなじみのないプレイヤーが増えたというのが理由です。
STGの数が減ったということはそれだけプレイする機会が減ったという事になり、となるとSTGというジャンルそのものがマイナーな存在となります。 そしてそれに伴いSTGをプレイする人よりもプレイしない人の方が増加する事になります。
となると、STGというジャンルに対して免疫が出来にくくなるわけで、ただでさえ比較的難しくストイックなゲーム性が特徴なSTGなのに、免疫のあまりないプレイヤーの割合が多いとなると、これはもう大多数の人にとっては敷居の高いゲームに映ってしまうのは当然の結果。
昔はSTGといえばかなり大きなジャンルで、数多くのSTGがでており、また同時にSTGをプレイする機会も多いものでした。 したがってみなのSTGに対する目もある程度肥えているわけで、多少難しかったり多少キビシイゲーム性のものであっても、気にせずやりこむ人は沢山いました。
しかしながら、今現在では上で散々語ったように難しいゲームを練習して攻略していくという意識そのものが希薄になっている上に、STGをプレイする機会やプレイする人口そのものが割合的には少ないときたもんだ。
となると派手な画面や大量の弾が当たり前な現在のSTGは、一見してとても難しそうに見え、そして実際にプレイしてやたらに難しく感じる人が多くなるわけです。
難易度的には昔とそう変わらないものが、世間的にはあまりプレイされなくなったので一般的に超難度に見えてしまう、と。

もう一つの理由は、STGのリリース数が減ったことにより、昔は幅広くリリースされていたSTGの割合が、比較的難しい方面に集中するようになったということ。 いわゆる、前述した幅広い難易度設定が増えたという現象の逆バージョンとでも言いましょうか。
例えばSTGのレベルを1〜10に分類し、初心者でも十分遊べる難易度を1、完全上級者向けの難易度を10とした場合。
STGが数多くリリースされていた昔は、タイトルの数の多さからレベル1からレベル10まで満遍なく難易度の幅が行き渡ってたものですが、しかしSTGのリリース数そのものが少なくなってしまった現在、そのように多くのタイトルによって幅広く難易度がカバーされるなんて事はなくなり、もはやSTGはSTG好きにしかプレイされなくなっている現状においては、簡単なものではなくある程度マニアに満足されなければならないほどの難易度、つまりレベル5〜10範囲の難易度のゲームが主に求められるようになり、それに伴いSTGは全般的に難しいモノの割合が高くなり、その結果、STGは難しい、難しすぎる、手が出せないといわれるようになってしまったのだと思います。
なまじ他のジャンルのゲームが難易度選択の一般化により簡単な難易度でプレイする人が多くなった分、比較的ストイックな内容といえるSTGの高めの難度がことさら目立つわけです。
実際には、昔のSTGにもレベル10クラスの難易度のゲームはゴロゴロしてて、現在のSTGと比較してもそう変わらない、決して引けを取らないほどの超難度のものはいくつもありました。 中には今のSTGよりもっと難しいと思えるものもあったものです。
しかしながら、昔は難しいSTGと同時に比較的易しい難易度のSTGも多く登場していたため、そのためSTG全般に対して、あまり難しいものだという印象はあまりもたれまなかったんですよね
つまり、難易度レベルの低いゲームの割合が減った分、おのずとSTG全般の難易度に対する皆の印象の底上げがなされ、結果的にSTGは難しすぎると見られるように思われるようになってしまったと。

このように、STGの数の減少と衰退が、まさしくSTGに対する皆の印象をさらにしていった結果として、多くのプレイヤーにとってSTGが無闇に難しいものに見えるようになってしまったことになります。
これによりさらにSTGに対する初心者離れが起きるのかもしれないとなると、ちょっぴり残念な気分になりますね。



とまあ、かなり長くなってしまいましたが、主に以上のような原因により、最近のSTGは難しすぎる、難易度インフレしすぎとか錯覚されるようになったのだと思います。
実際には昔のゲームと比較しても難易度的にはそこまで難しくなったわけではなく、親切なシステム周りのおかげで、むしろ練習すれば昔のゲームよりも上達しやすいかもしれない。
が、それをせずライトユーザーがちょっとしただけですぐ投げ出したり、アーケードスタイルがもはや求められてなかったり、また誰でもクリアできる難易度でないとすぐそっぽを向かれてしまうという昨今のゲーム事情においては、STGは難易度のインフレしてると見られてしまうのでしょうね。

STGは難しすぎる、一週目すら越せないとか嘆いてばかりの人は、一度真剣にSTGをプレイし、長時間かけて攻略に取り組んでみてはどうでしょう。
単に適当に操作して撃って破壊してのドンパチを何も考えずに行うだけでなく、難しい難しいと感じるのなら、まずそのSTGでは何が難しくしている要素であるかを知ろうと努め、そしてその難しさを乗り越えるにはどうすればいいか考えてみましょう。
おそらく、最近のSTGは決して理不尽に思える狂気の難易度ではなく、やればやるほどプレイは安定していき、少しずつ先に進めれるようになるのがわかると思います。
そしてその達成感を知ったとき、STGがこれまで以上に面白くなること請け合いです。



というわけで、小ネタを羅列するのではなく、久々に一つのテーマについてかなり長いこと語ってみた今回のエッセイ、どうでしたか。
本当ならもっと5千字くらいに短くまとめるつもりだったのが、書いてるうちにどんどん文章が肥大していき、終わってみれば約1万8千字。
まあ読みごたえはあると思いますが、『STGは難しすぎ』という一文に反論するだけでこんなに長く書くなよって感じもしますな。

なお、ここで書いたのは所詮エッセイで、あくまで昔からSTGに馴染みの深い私が自身の経験から導き出した主張なので、もしかしたら事実は違ってたり他の人は違う意見を持っていかもしれませんね。
皆さんはどう思います?

 

2005年1月3日