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小ネタコラム集(その4)


2006年2月15日

お久しぶりとなる、小ネタコラム総集編・第4回です。
小ネタコラム集ってなんじゃい?という方は、まず『小ネタコラム集(その1)』を読んでください。
おおよそ1年9ヶ月ぶりになりますか、前回からかなり間があいてしまいましたね。
今回は2004年1月22日〜2004年8月23日までに掲示板に掲載したものをまとめてみました。
久しぶりという事だし、またネタのストックもかなりたまってきていたので、今回はけっこう多めの量を掲載してみようかと思います。
前回同様、ここに掲載された文章は一番上のモノが最も新しい話(2004年8月23日)で、下に行くほど古くなります。
今見ると、いまさらな感じのする時代を感じさせるネタも多いですな。
なお、いくつかの文章には『追記』という形で若干書き足しをしてみました。
余談ですが、この辺から小ネタといいつつもけっこうな長文化が目立つようになって来ています。
では、今回もはりきっていってみましょう。


ゲームをやっててふと思いました。
最近はなんですな、ファミコン以前からゲームをプレイしていたものとしては、PS2を筆頭に、ゲームのコントローラってかなり複雑化したよなあ、とつくづく感じますな。
特にショットボタン。
昔はにボタン1つ、2つだけというのが当たり前。
ファミコンも、方向キーを除けば、ボタンの数はせいぜい4つ、2Pならたったの2つ。
当時は2つや3つのボタンを使い分けるだけでも大変だったのに、それが今じゃ、PS2を例に出すと、ボタンが12個ですからねえ。
それに加え、各ボタンは256段階に圧力を感知するセンサーが付いていて、さらには2本のアナログレバーまで装備されているときた。
中にはエースコンバット04などのように、これらのボタンを全てフルに使うゲームなんかもあるという。
比較的システムがシンプルなシューティングゲームでも、3ボタン、4ボタン使用するのは当たり前。
最近のゲームは複雑化したもんだとよくいわれていますが、実際コントローラのボタンの数や、ゲームで使用するボタンの数などを考えてみるに、確かにそのとおりといえますな。
このままいくと、10年後、20年後にはコントローラのボタン数は30個くらいになってたりして。
……指が足りないって。
いや、もしかしたらピアノやエレクトーンのように、足の指まで使うようになるかもしれない。
それはそれでなんか面白そうだ。


PCで使うケーブルやハブのコネクタって、凸型のものをオス、凹型のものをメスと呼んだりしますが、あれって考えてみれば男性と女性の性を意味しているわけで、そう考えるとわりと卑猥な感じですな。
一体誰が最初にそのように呼び始めたんだろうか。
という事をPCのケーブルを接続しながらふと思ってしまいました。
てか、そんなん考えてる私の方が卑猥というべきか。


ふと思ったんですが、挨拶時によく『お願いいたします』っていいますね。
いわゆる礼儀作法の一環として形式上の挨拶ではかなりの高確率で使われる言葉だったりしますが、しかしながら、考えてみれば、あれって一体何をお願いしてるんでしょうね。
勝手によろしくお願いするのはいいけど、よろしくお願いされるほうはたまったものじゃないですな。
なんだかわからないのによろしくお願いされたくねえよ!みたいな。

といいましたが、それにしても私はホントーにグダグダとどーでもいい事言ってますな。
ちょっと考えれば、『今後とも付き合いさせていただきたいと思いますので、これからも交流をお願いしたいです』ってことだというのはわかるものです。
それをなに、クダラナイへ理屈つけてわけのわからないヘンなこと言ってるんでしょうな、私は。


よく、憎しみの対象が巨大なものや手の届かないものだったりすると、その怒りの矛先は末端に向く事って多いです。
が、これってどうなんでしょうねえ。
例えば、組織の上層部が何かしら大きな問題や犯罪を犯すと、その本人でなくその組織の末端の人物などが非難される対象になってしまうというやつ。
どうも、これってその人間に直接手を出せないからといって、関係の無い下っ端をいじめて喜んでいるだけなのでは。
例えば食中毒を起こした食品メーカーの従業員や末端の社員に対して非難を浴びせる、パチンコで負けた腹いせに従業員に因縁つける、戦争が起きた時にそれを実行した人ではなく徴兵で現地に向かった兵士に文句を付ける、など。
ベトナム戦争なんか、まさにそんな感じでしたね。
あの戦争の兵士って、基本的に貧困な家の若者が対象で、半強制といっていい感じで戦争に借り出されていたものなので、兵士に文句をつけるのはお門違いで。
ただでさえイヤな戦争に借り出されたのに、命からがら帰ってきたら、今度は理不尽な攻撃の対象にされるなど、あんまりといえばあんまり。
また、ちょっと極端な例だと、犯罪者の血縁やら兄弟ですか。
実際には何の関係も無いのに、なぜかその犯罪者の血縁というだけで、差別、攻撃の対象になってしまう事が多い。
他には、外国人に対する差別などですか。
ニュースで国際的に悪い内容の報道があった場合、なぜか全然関係ない一般人なのに、その国の人ってだけでよく攻撃の対象にされる。
こういう末端への存在に対して攻撃をする人って、その人柄というか、人間性の小ささがモロにでてるといえますな。
本人には面と向かっていえないから、それとはあまり関係の無い、単にそれと関連があるというだけで無関係な小さい存在をいじめて満足しているという。
そういうヤな人間にだけはなりたくないですな。


『一休さん』と言えばだれでも知っている有名なアニメです。
内容もほのぼのしたもので、安心して子供に見せられるアニメとして認知されています。
んで、一休さんといえば、とんち。
『このはしわたるべからず』と書かれている橋の真ん中を堂々と渡って『真ん中を渡ったのではしはわたったわけではない』というシーンや、『この虎を捕まえてくれ』とびょうぶの絵を見せられたときに『ではこの絵から虎を追い出してください』といってその人をやりこめるシーンはあまりにも有名です。
しかしながら、これってどう考えても屁理屈だよなあ、という感じがしないでもないですな。
『はしをわたるな』のはしというのは『橋』を意味しているのや、びょうぶの虎を指したのは見本として見せたわけで実際には本物の虎を意味しているというのは誰でも理解できる事なのに、それをムリヤリ曲解して自分に有利に事を進めるというのは、なんというか、『そんな屁理屈通じるか』といわれても仕方が無いような気が。
例えるなら、『ファミコンやっちゃいけません』と言われた子供が『ファミコンがダメなら、それじゃPCエンジンならやってもいいんだね』という感じ。
つまり、一休さんは頭を使って屁理屈やこじつけで物事を有利に運べ、というのをほのめかしているんだろうか。
そこんとこどうなんでしょうねえ、一休さん。


よく会社の飲み会なんかでは、上司が『今日は無礼講だ、パーっといこう、パーっと』と部下に対して言ったりなんかしますが、あの言葉ってどうにも編ですな。
まず『パーっといこう』という言葉。
そもそも『パーッ』というのはなんなんでしょうねえ、『パーッ』というのは。
ジョジョの奇妙な冒険などでは開けた景色を表現するのに『パァァァ』という擬音を使ったりしてますが、そんな感じなんでしょうかねえ。
でも『パーッ』を具体的に説明するとなると、なんか難しいような。
そして次に『無礼講』という言葉。
無礼講というのは礼儀は無し、つまりは上下の関係ナシに気楽にいこうという意味だというのはだれしもご存知の通りですが、しかし結局はこの手の飲み会でも上司へお酌をしたり機嫌取りをしたりしなければならないものです。
『おぅ、ちょっとそこのおじさん、酒とって』とか言おうものなら『キミィ!上司に向かってなんて言いぐさだ!酒の席だからって失礼だぞ!』とか言われちゃったり、後々に処罰を食らったりするもので、全然無礼講ちゃうやんと思えてしまいますな。
んじゃあ最初から『無礼講』なんて言うなよと。
『自分の言葉には責任を取れ』というのは会社で上司などから良く言われる言葉ですが、なら上司こそこういう言葉にも責任を持ってほしいですな。
まあ、そうはいっても、日本は言葉だけでなく雰囲気でも相手の意図を察するのが重要な礼儀社会。
なので、実際には『無礼講』とはいっても、実際には『無礼講じゃないよ、表面的にはそういってるけど、内心はわかってるでしょ、察してね』という事なんでしょうねえ。
飲み会を見るたびに、なんか理不尽に思えてしょうがないです。


飲み会と言えば、庶民なら居酒屋で行うのが定番ですね。
んで、その居酒屋、盛り場とか駅前とかだとそうでもないですが、しかしそういう場所以外の場合、大抵駐車場がついています。
が、考えてみりゃ、飲酒運転ってのは法律で禁止されているのに、居酒屋といった酒を飲む場所に駐車場があるのって変ですよねえ。
酒飲むために来てるんだから、運転はイカンだろ。
時には大きな駐車場をウリにしてる居酒屋なんてのもあるが、それっていいんですかねえ。
まあ、中には運転代行サービスなんてのがある居酒屋もありますが、しかしそういうのは極少数だろうに。
そこんとこどうなってるんでしょ、居酒屋。


対戦格闘ゲームをプレイしてて、ふと思いました。
対戦格闘ゲームは、『異種格闘』という要素を前面に押し出したゲームです。
そして、異種格闘というのは現実でも行われている。
つまり、スポーツゲームのように、現実にありえる事柄をゲームにしている、ということになります。
そこで少し考えてみる。
現実に対戦格闘ゲームのルールを採用したらどうなるだろうか。
ためしにCAPCOMvsSNKのシステムを元に基本的なルールを作ってみると、

・勝ち抜き戦
・時間制限ありKO制
・ダウン回数制限無し
・体重制限なし
・男女混合
・寝技無し
・寝てる相手への攻撃禁止
・一部の選手は棒、刀、爆弾などの武器使用可
・闘技場は一箇所ではなく、道端や砂漠、雨天状態など様々な場所とシチュエーション
・別の選手による乱入が可能…。

……こんなの絶対実現できねー orz
特に体重制限無し、男女混合、武器使用可能、乱入可能って、絶対不可能だ。
てかこれってほとんどプロレスじゃないか……って、あ!
ああそうか!
対戦格闘ゲームは、プロレスだったんだ!
だから女性でも男性に勝てるし、武器を使用したりもするんだ。
そういうことだったんだ!
なるほど、なるほど、これで謎が一つ解けました。

……って、まったくもってクダラナイ事を考えてしまった。


先日、DOOM3を購入しました。
いきなりエラー頻発したりやたら落ちまくったりするのでグラフィックドライバ更新したりなど、色々不安定な部分もありましたが、何とかプレイも出来るように。
グラフィックが凄いですな。
でも暗いなあ。
AvsP2なども暗かったけど、このゲームは同じくらいか、もしくはそれ以上にグラフィックが薄暗い。
もっとも、これはホラー映画のように、暗い中で敵が襲い掛かってくるというのが恐怖感を倍増させているわけなんですが、しかし裏を返せば暗すぎてほとんど見えない、となっていると。
1時間ほどプレイしましたが、さすがに暗すぎてけっこう疲れました。
まあでも、CDジャケットに『気の弱い方や怖がりな方にはオススメできません』とかかれてて、続いて『それでもプレイしたい方は、ドアを閉め、部屋を暗くしてプレイしてください』とかかれているように、音響や暗い視点のおかげで、恐怖感の演出はすさまじいものがありましたが。
ホラーなゲームとしては一級品かも。


物事の水準の落差が極端に大きいとき、よく『ケタが違う』といったりします。
しかしながら、実際に考えてみれば本当にケタが違うほど水準の格差が激しいなんてことはそうそうないものです。
では『ケタ違い』という言葉はただの誇張で、正確な表現としては適切ではないのか?
ここで見方を少し変えてみましょう。
『ケタ違い』というのを、整数上のケタではなく、小数点以下のケタとしてみてみる。
するとアラ不思議!
ものすごく納得のいく、言葉にウソ偽りの無い、正しい表現になったではありませんか。
『俺はお前とはパワーの桁が(小数点2桁は)違う』
など。
さあ、この理論をもって、堂々と『ケタが違う』という言葉を使いまくろう。

……またつまらない屁理屈を考えてしまった。


よくSFマンガとかでは、ロボットなどは主人公側の試作機(プロトタイプ)>敵側の量産機ってパターンが多いものですね。
が、これって現実とまるで逆ですな。
工業生産品は通常、試作機よりも改良の加えられた量産機の方が、性能や耐久性が高くなっている事多いのに。
むしろ試作機は構造に欠陥があったり耐久性などで問題があったりなど、明らかに劣った性能を持っている事が多いものです。
それなのに、SF系のマンガなどでは、試作機の性能が総合的に見てやたらに高く、さらに試作機だけに搭載されている武器などがべらぼうに強く、逆に敵側がその試作機の量産タイプを生産しても一山いくらのザコ程度の能力しかもてなくなっているなど、哀しいまでに工業生産品のセオリーが無視されてることがおおいですな。
ところで、試作機の性能が良いというセオリーを最初に打ち立てたのって、やっぱガンダムなんでしょうかねえ。


ここ最近になって、広告代理店から広告を掲載したいというメールをしばしば受け取るようになりました。
内容は言わずもがな、私のサイトに広告を掲載させ、来訪者がその広告バナーをクリックする、もしくは私のサイトを通して来た人が商品を購入するようになったら、一部のリベートが私の方に支払われる、というやつです。
サイトを開設て間もない数年前はそんなこと考えもしなかったし、した所で意味ねーよと思ってたものですが、しかし長く続けて10万ヒットも越えると、そういうリクエストも来るようになるもんなんですかねえ。
こういうのを見ると、私のサイトもけっこう成長したもんだ、というのを感じさせてくれるので、うれしくなってしまったりして。
もっとも、だからといって今の所は広告掲載する予定はまったく無いんですが。
でも、これからもっとサイトを充実させてさらに一日の平均来訪者数が増えていったら、これを使って一儲けできたりして。
…って、んなわけないか。
最近は個人サイトの広告掲載は儲からないっていうし、やった所ですずめの涙ほどしか儲けは出ないでしょうな。


以前、プロバイダからの通達を装った詐欺メールが来たという話をしました。
んで、今度はプロバイダのみならず、銀行を装った詐欺メールまで来ました。
それも、プロバイダのケースと同様に、ちゃんとその銀行が出すオフィシャルのロゴや文章をソックリそのまま再現し、リンク先のURLにもちゃんとその銀行の名前を含ませているという手の込みよう。
さらには、その銀行のオンライン口座アクセスのページすらも、構成やリンクなどオフィシャルのモノとまったく同じ形にしているときたもんだ。
もっとも、通常ならカード番号と暗証番号のみの入力のはずなのに、それに加えてカードの使用期限なんかを入力しなければならないいし、さらには今まで使ったクッキー記録もなされてないという、オフィシャルの銀行でのオンライン口座アクセスとはどうみても異なる形になっているので、明らかに詐欺を装ったページだというのはわかるんですが、いやそれにしてもプロバイダのときと同様、手が込んでるなーと思いました。
ちなみに一応念のため銀行側に通達した所、やっぱり詐欺メールでした。
最近は『債権回収』だのと、ネットを利用した詐欺が多いらしいですが、ホント、気をつけたいところですな。
こういうメールがいまだによくあるってことは、逆に言えばそれだけ儲けが出る、つまりそれだけ引っかかって詐欺られちゃう人が多いいうのを意味しているわけですし。


昨今はコンピュータの処理速度の向上とCG技術と発展に伴い、CGによるデジタル人物ってのもよく登場するようになりましたな。
それも単なるキャラクターとしてではなく、それ自体をひとつの人間として扱うという、いわゆるデジタルアイドルとかデジタル仮想人物とかそういうものもあるという。
昔はドットで打ち込まれたかろうじて人間に見える2Dキャラに対して質問をすると、電波系のわけわからない返答が帰ってくるというものだったのが、いまじゃ綺麗なアニメーションをし、さらにAIによってあいまいな言葉の質問でもあるていど質問の意図を理解できるようになっている。
技術の発展とはすごいものですな。
しかしながら、なんですな、こういうのって、どれもこれも美男美女ばかりですな。
しかし、美男美女ばかりだとどうにも食傷気味で飽いてしまうと思うので、たまには、不細工なCGデジタル人物大集合みたいなもがあってもいいかもしれませんな。
デジタル毛深い野郎大集合とか、デジタルにきびヅラ大集合とか、デジタル吹き出物ツラ大集合とか、デジタルいかついマッチョ大集合とか、デジタルデブ汗臭いヤツ大集合とか、デジタル小太りハゲ大集合とか、デジタルガリガリ人間大集合とか、デジタル醜悪面大集合とか。
うーむ、想像したらすっげーイヤな感じだなあ(笑)
まあ実際には、CMや雑誌の広告を見てもわかるように、人前に出す人物は綺麗で見栄えのするものが求められる以上、こういう人物に美男美女ばかりが求められるのは当然といえば当然、というか必然なんでしょう。
というかブサイクな人間がファッション雑誌なんかに載ってると誰も読みたくないでしょうし。
ただ、一度くらいはこういうブサイク大集合な3DCGイベントなんかあっても面白いかも。
もっとも、仮に実現した所で、しょせんは一発ネタ的に『面白い』ウケを取るだけでそれ以上は発展せずに終わってしまいそうだけど。

にしても、本当にくだらない話をしますねえ、私は。 しかも長いし。


さっき気がついたんですが、サイト運営してもう4年も経っていました。
とりあえず一ヶ月ほど遅れたけど、4周年オメデトウ>私。
これからもさらに充実したサイトを目指してがんばっていきます。

そうそう、サイト運営といえば、
個人サイトなどでは、昔は勢いのあったのにいまでは凍結してしまってるサイトってのをしばしば見かけますな。
一番よくあるのが、開設した当初は頻繁に更新されていたのが、次第に更新されなくなっていって、しまいには掲示板のレスすらも無いまま数ヶ月間ずっと放置され、そして最後には消滅してしまうというサイト。
ついでに、管理人本人すら訪れないようになったため、掲示板ではわけのわからない宣伝書き込みが跳梁跋扈しているという。
私もサイト運営してもう4年が経ちますが、その間に相互リンクしていたサイトでもいくつかそういうパターンに陥ってた所を何度か見てきました。
まあ、おおよその理由は、最初は更新するのが楽しかったのに、最初に温存していたネタを使い切ってきた頃から次第に更新する行為が面倒になっていき、そのうち更新するのがだるくて苦痛なのでやる気なくなった、という感じなんでしょう。
そして更新されないままの停滞しているサイトが放置され、数ヵ月後には自然消滅と。
なんかこういうのをみていると、会社で新入社員がかかる5月病とかそういったのを連想させますな。
まあ個人サイトの運営なんて、金儲け目的でもない限りは基本的に義務でもなく趣味の範囲といえるものなので、いつ始めていつ止めようがその人の自由といえるんですが…
しかしながら、更新をする予定が無い、するつもりがないのなら、サイトを凍結、放置させっぱなしにするのではなく、せめて閉鎖するとか、『更新停止します』といった類のアナウンスを載せるするとかそういう後始末くらいはしといてほしいなあ、と思ったりもします。
あるページを「お、ここちょっと面白いかも」と思って何度か訪れてるのに、その後いっこうに更新されず、しまいにはそのまま凍結、消滅してしまうのを見るとなーんかちょっとさびしい気分になりますし。

追記:とかえらそうなこと言っておきながら、私自身も一ヵ月半近く放置したこと2度ほどありました。 しかもそのうちの一回はこれ書いた直後だったし。
人のこと言えませんな(逝)


水戸黄門で、悪人と対立しているとき、悪人が『出会え出会えーッ!!』と部下を呼んで黄門一行を一斉攻撃!
ピンチ!
といったところで黄門様一行が突然印籠を出して正体を明かし『無礼者!ここにおられるお方をなんと心得る!徳川光圀公なるぞ!頭が高い!』と一喝するシーンはおなじみですね。
しかしながら、ここで水戸黄門勢が『無礼者!』といって威圧的に出るのは、ちょっとおかしいんじゃないかという気がしたりもします。
無礼というのはその人間がどんな人かわかっていながら礼儀無い振る舞いをする事を言うんですが、しかしご存知の通り水戸黄門一行は通常はお忍びの旅、つまり身分を隠して普通の旅人として振舞っています。
とすると悪人側からすれば水戸黄門一行は単なる旅人達なワケで、無礼に振舞ったところで何ら問題は無いはずなのに、いきなり隠していた身分を明かして『実は徳川光圀だった、無礼だぞ』というのは、なんか言いがかりというか、だまし討ちというか、そういうのに近い感じがしますな。
身分を明かしてないんだから、悪人側にとってはそれまでの黄門一行はただの旅人という存在だったはずなのに。
なんか、店の入口では『お一人様たった3000円ポッキリですよ』と騙して呼び込んでおきながら、店内では『バカヤロウ、本当は入場料が3000円ポッキリで、ビールは2本で10万円なんだよ!さっさと払え!』という場末のボッタクリ暴力バーみたいな感じがしますな。
身分を明かしてるにもかかわらず悪人が無礼な振る舞いをしているのなら、『無礼者!頭が高い!』といっても仕方ないとは思うんですが、しかし作中でそういう場面ってほとんど無いような…。
あと、悪人側もなぜに水戸黄門が正体を明かしたらいきなり『ははーっ!!』といってすかさずかしこまってしまうんでしょうかねえ。
私腹を肥やすような悪人なんだから、いっそ『ええい、徳川光圀だろうがなんだろうが、ここまで来たからにはあとには引けん! こいつらもろとも片付けろ!』といって襲い掛かるくらいの気概を出してくれてもいいのに。
そうなることで、黄門側も上記のように『無礼者!』という言い回しもまかり通せるというものです。
徳川光圀だというのを知っただけですぐに『ははーっ!』となってしまうあたり、水戸黄門に出てくる悪人ってみんな小心者なのかな、と思えてしまったりして。
それに正体を知ったらすぐにかしこまって土下座するんだから、彼らはぜんぜん無礼じゃないですよね。


もう少しで学生は夏休みに入る時期ですな。
夏休みといえば、小学校の夏休みの工作で、セミの標本を提出した事がありました。
しかし思いっきり手抜きでした。
お歳暮出使われるような一辺約30センチ程度の木箱に、セミを12匹ピンで固定しただけ。
しかもそのセミは昆虫採集セットで取ってきたやつではなく、死んでたのを拾ってきただけ。 だから足なんかも縮んだまま。
さらには、前面はガラス張りではなくサランラップを貼り付けているだけという。
セミの死体を拾う時間を合わせても、製作時間約20分程度。
これで『セミの標本』という名前で夏休みの工作として提出してたんだから、恐ろしいまでの手抜きっぷりだったものです。

まあその翌年は前年の反省も踏まえてか、、手作りスケボーにしましたが。
こちらはかなり力入れて作った割に、乗ったらすぐぶっ壊れたけど(笑)
でも、小学生の自由工作って、思い返してみるといろんなアイデアがいっぱいあって面白いものでしたね。


あるサイトの掲示板で見た吉野家ネタ

吉野屋で牛丼販売中止に腹を立てて騒ぎ、注意した別の客に 暴行したとして、警視庁は11日、
暴行の現行犯で自称キン肉星王子、キン肉スグル容疑者(25)を逮捕した。

調べでは、キン肉容疑者は同日午前9時10分ごろ、大田区田園調布の吉野屋で牛丼を注文。
店員が出せないと返答すると、「牛丼屋なのに、なんで牛丼がないんだ!」
と怒鳴り、店内でタッグマッチを始めた模様。
さらに、止めに入ったアデランスの中野さんのカツラをつかんだ疑い。
この店の牛丼販売中止は同日午前零時。
キン肉容疑者は外へ出た後も、大声でわめいたという。
キン肉容疑者は、取調べに対し、「屁のつっぱりはいらんですよ!」
と言葉の意味はよく分からないがとにかくすごい自信の供述を繰り返しているという。

タッグマッチという表現に笑った。
そういえばキン肉マンって牛丼が好物でしたね。
二世じゃカルビ丼だけど。


とあるゲームの音楽が気に入ってそのゲームのサントラを買ったはいいが、しかしサントラでじっくり聴いてみるとなんだかどうもイマイチだった、という経験よくありません?
やっぱ、ゲームの雰囲気を盛り上げるために作られている音楽を、そのゲームをプレイせずに音楽だけを聴いてしまうから、ゲーム中に聴くよりもあまり盛り上がらないんでしょうかねえ。
いわゆる、ディスコやライブで聴くとノリノリだった歌や音楽が、ひとり部屋で聴くと全然ノレない、みたいな。
いうなれば、ゲーム中の雑音やら効果音やらが入り混じっておまけに必死にプレイしている状態、つまり気分的にノッている状態で聞くほうが、その音楽の魅力が存分に発揮されるという事ですか。
映画のサントラなんかも、そんな感じですしね。
だから、ゲームや映画のサントラなんかは、歌の場合ならまだしも、純粋なバックグラウンド的な曲の場合、何もしていない状態で聴くよりも、何かをしている状態で聴いた方がその魅力を120%味わえるんでしょうな。
あと、ゲームのサウンドって、あまりに音質がよすぎると逆にちょっとイマイチ…てな事もあったりしますな。
例えばアクションゲームのサウンドなんかを聞くとき、サントラなどのようにあまりに音がクリアで綺麗に聞こえてきたりすると、気分があまり盛り上がらないような感じになったりするもので、むしろ若干音質が悪かったりノイズが入ってたりした方が気分が盛り上がると。
これも、雑音や騒音がバリバリ聞こえるディスコやライブ、映画なんかで聴こえる音楽と同じようなものなんでしょうね。
まさにバックグラウンドミュージック、ですな。


ギロチンってのがありますな。
一般的に、ギロチンはものすごく残酷な処刑道具という印象が強いですね。
確かに、ギロチンのイメージとしては、大衆が騒ぎ立てている中で処刑としてギロチンの刃が落とされるというシーンがよく浮かび上がるもので、なんかどうにも残酷って感じがしないでもないですな。
しかしながら、これって見てる側にとっては残酷に見えるかもしれないけど、処刑される側にとってはあまり残酷じゃない、むしろ人道的な処刑道具なんじゃないか、と思えます。
現在の一般的な処刑方法といえば絞首刑、電気椅子などです。
しかし人間の生命力ってのはなかなかしぶといもので、絞首刑ではなかなか死なずに苦しみに苦しむ事が多い上に、さらには死んだと判断された後でもしばらくしたら蘇生する場合があるようです。
また電気椅子も同様に、電気が流れて黒コゲになるほど壮絶に苦しんで死亡するというのが主なパターンなものの、やっぱり中には死んだように見えててもしばらくして蘇生するケースもあるみたいです。
そんなためか、絞首刑も電気椅子も死んだと断定されるまでその状態維持が続けられるという。
執行者にとっては、苦しみに苦しんだのに死刑に失敗して、後にまた再度同じ死刑が行われるとなると、かなりきついものがありますな。
そう考えると、ギロチンって死刑される側にとってはかなり人道的かもしれないですな。
絞首刑や電気椅子の場合、外見的には死亡してたとしても完全に死亡してるかどうかなんてのは専門家にみてもらうしかなく、さらにその専門家が死亡と断定した後でも蘇生する事があるくらい、死んだか生きてるかというのがあいまいです。
しかしながら、ギロチンの場合、首をポトリと切り落とすのだから、誰がどう見ても死亡確定。 よしんば首が切れた直後に生きてたとしても、間もなく死ぬのは100%確実。
元々ギロチンは、刑執行者が両手斧を使って首をはねるのでは、執行者の技術やあたり具合により上手くいかない事が多かったというのを見て、それを解決するために医師ギヨタンによって提案された処刑方法であり、最初は人道的かつ確実に殺せる処刑法という目的で扱われていたのに、いつのまにか残酷な処刑道具として広まってしまったんですよね。
いわゆる、見た目あまり傷つかない電気椅子や絞首刑などと違って、ギロチンは『首を切断する』という直接外傷を与える方法なため、他の人からすれば残酷に見えてしまうんでしょうな。
まあでも、ギロチンも、刃の手入れをしておかないと途中で葉が止まったりする事があったらしいので、昔は100%完璧に死刑可能な道具、というほどではなかったらしいですが。


メインコンテンツの一つであるゲーム用語辞典は、メモ帳を使って編集してるんですが、単語一つに対して扱う文字数が少ないため、長文当たり前なレビューやエッセイなどと違い、割と気軽に新規作成、編集しやすい項目だったりします。
しかしながら、最近は用語が1300を超えるほどの量になってしまったせいか、新たに書いたと思ってた用語がすでに存在していた、いわゆるネタがかぶったという目にしばしばあったりもします。
気合を入れて一生懸命書いたものがすでに存在してたりすると、かなりゲンナリ。
まあそれがいやなら、掲載済みのゲーム用語一覧表なんかを作成して新規用語を編集する前に確認していけばいいんでしょうが、しかし前述したように用語の方は気軽にパパッと書いている事が多いせいか、どうもそういう確認を怠る事が多いんですよね。 んで、メモ帳で文章の編集が終わっていざ用語のページにペースト追加しようと思ったらすでにそこには昔書いた用語が存在していてドガン!と。
文章量が多いというのも難儀なものですな。


ネットサーフしてるときに、ふとこんなサイトを発見しました
『帰りの会』
http://www6.plala.or.jp/pato/numeri/text16.htm
ホント、悲しい話だ…。
子供の残酷さ、というのをまざまざと見せ付けられてしまう話ですな。
実際子供って、こういう悪知恵だけは働きますからねえ。
私の小学校時代も、ここまで露骨でひどいものではなかったものの、似たような事はあったもので、だからどういう状況だったかというのがはっきりとイメージできます。
まあ私の小学校時代は、先生がいい人だったのでそれほど深刻にはならなかったものですが。
にしても、上の『帰りの会』で登場した小学校の担任の先生はあまりにダメすぎですな(文章を見た感じ)。
つーか大人なんだからあんな会話の流れだったらなにが起きているのかわかるだろ、てか止めろって。
いかん、なんかこれ見てると昔いじめられていた頃を思い出してしまった。
暗い話で申し訳ない。


とある掲示板で見たネタ

CDの音楽をパソコンできくには、MP3が必要だといわれました。
RPGでもないのに、マジックパワーをとられるのですか?
また、最強クラスになるとやはり、全消費とかもありうるのでしょうか。
お願いします。戦士なのでMPはあまりありません。

上手いと思いました。


先日、誰かから『どうして返事くれないの?』というメールを受け取りました。
しかし、「はて?ここ最近、誰かメールの返信し忘れた人なんていたっけ?」と、どうしてもそんな返信忘れの人は記憶にないし、送信者の名前も聞いた事がない。
一体誰からだろうと思って開封してみると、そこには『オール完全無料の出会いサイト!!』の文字が。

アホかい!

と思わず突っ込んでしまいました。
そら返事しなくて当然だろ…。
しかしながら同時に、これは件名だけ見ると彼女や知り合いからのメールっぽく見えたりもするわけで、受信者に必ず中身を開封させようとする工夫が施されたタイトルは、なかなかにうまい工夫なのかもしれないなあ、とも思いました。
色々考えられてるんですネェ、スパムメールも。


そういえばいつの間にかワードプロセッサ専用機、いわゆるワープロってまるで見かけなくなりましたな。
昔は高級電化製品の代表の一つで、また種類もパソコン並かそれ以上に多種多様なものが揃ってたほどなのに、今じゃ文章作成といえばパソコンを使用するのが普通。
パソコン普及の影響がここにもあるということなんですねえ。


よくニュースやワイドショーとかでは、犯罪を犯した人の趣味を大々的に報道するって事がありますな。
そして、犯罪と趣味が密接な関係にあるといった事をほのめかし、いかにも同様の趣味を持っている人間はみんな同じ犯罪を犯す可能性の高い犯罪者予備軍だとでも言いたげな報道をするというパターン。
しかしながら、これってちょっとどうなんかなあ、と思えてしまいますな。
そりゃ確かに、趣味と犯す犯罪にはわずかながら関係があるかもしれないし、まったく無いとはいえない。 また子供ならそういうのはあるかもしれない。
けど、しかし犯罪って、むしろ『趣味』なんかよりも『職業』や『地位』とかの方が密接な関係にあるような気がしてならないんですが。
実際、セクハラといえば会社の上司だし、脱税をするのは経営者だし、裏金や賄賂をするのは政治家だし、職権乱用をするのは警察といった公的機関だし、暴力沙汰といえば暴力団、そして盗難や暴行といえば無職、というように、職業を利用して犯罪を犯すパターンって多いですし、イメージ的にはこっちの方が浸透度高いですし。
人間、権力を持つとろくな事をしないとは良く言いますが、これなんかもその一種なんじゃないかと。
そこんとこどうなんでしょうねえ、犯罪と趣味と職業の関係。
まあ、結局は珍しい事件をそれっぽく分析しようとしてマスコミが煽り立てているだけの事なんでしょうな。


子バエのような虫が、やたら目の周りを飛び回る事があります。
うざったらしいことこの上ないですな。
んで、学生の頃、その手の目の周りを飛び回る小さな虫を、私の周辺では『めーむし』と読んでいました。
『もー!めーむしうっとおしい!!』とか。
なんて名前の虫なのかは知らないんですが、でもあの手の虫って、なぜにやたら目の周りに寄って来ようとするんでしょうねえ。
ひどいときなどは目玉に突っ込んでくるし。
一体なにがしたいんだか。


ある掲示板で見た会話。

「なあ、見たらとことん泣けるモノ、涙が止まらなくなるものがあったら教えてくれないか」
という質問に対し
「月並みだが、タマネギ。 特にみじん切りだな。 誰が見てもアレは文句なしに泣けるぞ」

…泣けるの意味が違うって。
でも面白いからよし。


犯罪を犯して逮捕された人間、いわゆる被告側が、裁判での判決に不満を持って控訴するってケースはしばしばあります。
しかしながら、中にはインタビューや警察での尋問などで『深々と反省している』といってるのに控訴する場合があったりして、そういう人が控訴したりするのってなんかおかしいような気もしますな。
犯罪の有無を争うのはともかく、反省しているといってる割にその罪に対して軽くしろ反論するとはどういう了見か。
むしろ『いや、悪いのは私だからどんな刑を受けても文句は言いません』と、みずからその罪での最高刑を受けるくらいの気概を見せて、初めて反省してると言うのでは。
それでこそ、原告側に対して被告側が反省しているという意思を示せるというものなのに。
例えば、仕事上で大ポカや失敗をしたら、損害を被った相手に『どんな償いでもします』といったりするような感じで。
まあ実際のところ、反省してるといいつつも結局はわが身かわいさを優先してしまってるということなんでしょうね。

人間の体裁と対面と本音の交錯している様がありありと感じられるますな、これって。


最近は架空の請求、特にネットに関連した架空の請求を不特定多数の人に出して金を騙し取るサギってのがありますな。
私のところにも、何度かプロバイダからのメールを装ってクレジットカード番号を聞きだそうとするメールが来た事あります。
以前にも似たようなのとしてプロバイダへの情報入力系のサギを紹介した事ありましたね。

で、こういった架空請求はあくどい商売な事とこの上ないものですが、それにしても、確かにこの手の詐欺って考えてみれば効率いいですよねえ。
電話帳やメーリングリスト、サイト上のメールアドレスなどからあて先を割り出し、そこの不特定多数に向けて同じ内容のEメール、もしくはメールを数万通コピーして出して、そのうち数人でも引っかかれば御の字だもんなあ。
例えば2万通メールを出してそのうち20人騙せても、一人から5万ほど絞り取れれば100万だし。
100人だと500万。
また、通常のダイレクトメールやはがきと違い、Eメールの場合はコピーが簡単なので不特定多数に出すのも楽チン。
騙される人がいなくならない限り、美味しい商売って事なんで小ねえ。
この手の請求メールは、冷静に見たらどう見ても怪しいものだというのはわかるんですが、それでもやっぱり払っちゃう人っているみたいですね。
特にコンピュータやネットについてあまりよく知らない年配の人や主婦、ビギナーなどは、こういうのが来るとあわてて振り込んでしまう事って多いみたいですし。

にしても、この手のメール詐欺のいやらしいところは、やっぱ
騙す気満々だったくせにいざそれがばれると、
「配達先を間違えました」で済まされることなのかもしれませんな。
まあ警察に通報したりするとそうは行かないにせよ、個人で電話した場合はそういう言い訳でまかり通していそうだし。
まったくもって、気をつけたいところです。
自分は大丈夫でも、上記のように家族の誰か騙される事があるかもしれませんし。


ドラマやマンガ、アニメなどで、てんで料理できない人が、砂糖と塩を間違えしまうって事は良く見られるものですが、はたしてこういうのって本当にあるんかねえ。
手か入れる前に味見したりで気付くでしょうに、普通。
まあ仮にあるとするなら、こういうのをやってしまうのって、おおよそは台所に立ったり炊事をした事のない人が得意げに『料理作ってやる』『夕飯は任せて』みたいな事を言って墓穴を掘ってやってしまうんでしょうねえ。
大体にして、普通は料理をそれなりにする人なら、砂糖と塩なんて感触で分かるし、またそうしなくともあらかじめ間違えないように異なる容器に入れたりラベルを貼ったりして、見た目でもある程度判断つくようにしているものですしねえ。
ああでも、夏場に冷蔵庫の中にあるコップに入った半透明の茶色い液体を見つけて、『麦茶があるラッキー!』とがぶ飲みしたらそれがそうめんの汁だったって経験のある人は結構いたりする(私もやったことある)ので、上記のような事もあながちありえないとは言えず、結構よくあることなのかも。
そこんとこどうなんでしょうねえ、砂糖と塩を間違えるの。


その昔、バリバリのミリタリーマニアだった頃、私はホッチキスを何も閉じずに閉じまくってハンドガンを撃ってるかのような気分に浸った事があったりします。
連続でバチャバチャやるとポロポロ閉じられた針が落ちていくので、まるで銃から薬莢が排出されているかのような感じを味わえたんですよね。
そんなわけでこれを面白がってやりまくってたもので、時には針ひと箱を一日で使い切ったりとかもあったものです。
私と同じような事、やったことありまる人っていません?
え、ない?
私だけ?
うーむ、アホは私だけだったということか。


よくマンガやアニメとかで、気絶した人を、背中と膝裏の辺りに手をかけて、両手で軽々と抱えて運ぶといった描写があったりしますが、あれってありえないですよねえ。
酔っ払った人をおんぶして運んだりした事のある人ならわかると思いますが、気を失って脱力状態になっている人間は、普通の状態よりもはるかに持ち上げるのが難しいです。
もちろんこれは両手で抱える場合も同様で、気絶状態の人をカッコつけて両手で抱えようとしたところで、気絶してる人は力が入らないのですぐに体がくの字に曲がっておしりからからずり落ちてしまいます。
つまり、マンガやアニメのように人をカッコよく抱えて運ぶなんてまずムリなんですよね。 運ぶなら、素直におんぶするしかありません。
もしも、どうしても人間を両手で抱えて運ぼうとするのなら、抱えられる方も落ちないように抱える人間の首にしっかりと手を巻きつけて力を入れておく必要があります。 ちょっとでも力が緩むとすぐにずるずるとおしりから下にずり落ちていきますし。
また、運ぶ方はかなり筋力を使うので疲れます。
ちなみになぜ私がこんな事を詳しく知ってるのかというと、実は高校の柔道部でこの体勢でグラウンドを周回するというトレーニングをよくしてたからなんですよね。
これ、何気に見た目以上にキツイトレーニングで、運ぶ方はグラウンドを3〜4週もすると力は入らないししんどいしでもうヘトヘトになってたものです。
でも運ばれる番になったときは、ラクチンな体勢で運ばれるのがなかなか気持ちよく、また映画のワンシーンみたいな気分を味わえました(笑)


夏といえば幽霊ですが、幽霊とかお化けって、どうして夜に出てくるのが定番なんだろうなあ、となんとなく気になりました。
いや実際に幽霊が出るかどうかは別として、とにかく幽霊が出そうな雰囲気といえば夜なんですよねえ。
別に夜でなくても、太陽のさんさんと輝く昼間に出てくる幽霊や、朝日まぶしい早朝に出てくる幽霊なんかがいて、そういうのがメジャーになってもいいのに。
っても、昼間や朝方に幽霊なんか出ても全然怖くなさそうですが。
それ以前に太陽光で見えなさそうだ。
まあ結局のところ、エッセイ28番で書いたように、視界の不自由な暗い夜だからこそ『幽霊』はその存在の恐怖感となんだかよくわからない感が強調されるわけで、幽霊といえば夜ということになるんでしょうねえ。
まったく、くだらない話をしてしまいましたな。


ゲームレビュー系のサイトめぐりをしてたある日、ちょっと思いました。
PS時代になったくらいからか、最近は、一回クリアすることだけが目的でゲームをするプレイヤーが結構いるみたいですね。
例えばあるゲームを『コレまだクリアしてないからやろう』といってプレイしたり、『コレはもうクリアしたからいいや』といってプレイしなかったり。
積みゲー消化といって未プレイのゲームを一つずつクリアしていくってのも、そんな感じですね。
なんですが、私としては、どうも一回のみのクリアを目的でプレイする人って、ゲーム楽しんでるのかなあ?と思えてしまったりも。
特にRPGなどばかりをプレイしている人の中には、
『今月は−−本もゲームをクリアしました』とか、『まだ未クリアのゲームがこんなにあります』とか言う人が稀にいたりしますが、なんかそういう人って、ゲームを楽しむんじゃなくて作業的にプレイしているんじゃないか、というような印象を私は受けてしまいます。
『ストーリー展開が気になるので最後までプレイしてみる』とか『ゲーム自体が面白いから最後までプレイする』という目的でプレイするのならまだしも、『とりあえずクリアするために最後までする』という目的でプレイするのって、なーんか違うような。
その人たちからすれば、ゲームを楽しむ=クリアするっていう事なんですかねえ。
どうにも、私にはあまりよく分からないです、そういうプレイスタイルというのは。
まあ、私も1度クリアしただけで止めてしまったゲームなどもありますが、しかし私の場合、そういうのは2回目のプレイをするほど面白いものではなく、決して一度クリアするのがゲームの最終目的とはなっていない事が多いです。 実際、ある程度プレイして面白くないと感じたなら、クリアせずに途中でやめてしまうって事もよくありますし。
逆に気に入ったゲームの場合、クリアした後はワンコインクリア、ワンコインクリアの後はノーミスクリア、ノーミスクリアの後はさらに高い難易度で、最高難度の後はプレイに制限を付けるなど、クリアしてからが本番、といえる遊び方をしています。
って、こう思うのも、アクションやシューティングばかりをプレイしている私だからなんでしょうかね。
一本のゲームを一年以上プレイする事なんてザラだし。
もっとも、もしかしたら、RPGばかりをプレイしている人は単にクリアするのが目的ではなく、上で私が言った『一回目はそれなりに楽しめるけど二回目はプレイするほどではない』ということなのかもしれませんね。
でも、そればかりなゲームというのもなんかおかしいような。
価値観の違いなのか、そこんとこどうなのかなあ、とふと思ってしまいます。


ネットオークションってのがありますな。
オークションというのは出品する人が『これは価値のあるものだ』と判断してだすわけですから、普通の店では手に入らないような珍しい品物、一風変わった品物もよく見かけます。
んでネットオークションですが、いやホントに、なんでもかんでも出品されてて驚きますな。
価値のありそうなものから、お前ドコからそれ仕入れたんだよといいたくなるようなもの、誰がほしがるんだよといいたくなるもの、これって違法じゃないのか?と思えるようなものなど、種種雑多、玉石混同、まさに蚤の市。
しかしながら、その中には、お歳暮やお中元だった思われる食品などもあったりして、それらがその季節にいきなり激安価格で出品されていたりすることもあったりします。
一瞬、贈答品業者かと思えるけど、どう見ても出品者は素人っぽい。
つまり、今年もお中元とかいっぱい貰ったけど全く魅力がない品物だったから捨て……いや待てよ、これをオークションに出せばもしかしたら売れるかもしれないな、捨てるよりも売って金にした方がイイや。
という事なのでしょう。
これ以外でも、お歳暮やお中元を下取りしてくれる業者なんかもいたりするわけで、なんだかすさまじいなあと、ネットオークションを閲覧してて思ったりしました。
まあ、会社組織内でのお歳暮やお中元なんてまず形式的なものなので、そういうことをしてしまう気持ちってのもわからないでもないですが。
それはともかく、とにかくそういうのを見ていると、そういう形式的な形で送られるお歳暮やお中元の類って本当に価値的には意味のない品物のやり取りになってるんじゃないかなーと思えてしまったりしますな。
にしても、日本人って本当にこういうこまごました贈り物が好きですよねえ。


ターミネーター3のスカイネット暴走によってT1プロトタイプが研究所員を打ちまくるシーンや、ロボコップ1とロボコップ2でED-209やロボコップ2号が重役や招待客たちを撃ちまくるシーンを見て、『おいおい、弾抜いとけよ』と思いました。
いや実際、ターミネーター3の場合、いくらT1は倉庫で配備を待つだけだったとはいえ、まだ実用配備されてないのに武器を装填させているのっておかしいですよね。
ロボコップやロボコップ2なんかはさらに変で、紹介するために起動しただけのDE-209やロボコップ2号に、なぜに弾を込めて発射可能にしているのか。 危ないと思わなかったのか。
研究中の自律稼動兵器の類たでてくるSFモノではえてしてこういうシーンがあったりしますが、なぜに開発者達は安全性を考慮せずにテクノロジや強さばかりを求めていくものなんでしょう。
そこんとこどうなんでしょうねえ、この手のシーン。


キャプテン翼関連のサイト巡りをしてて、『まじれす!〜お待たせリトルウイング〜』なるゲームの存在を知りました。
タイトルを見れば一目瞭然の、まあいわゆるエロゲーで、ファミレススタジアムトーナメント世界大会でNo.1を目指すとかそういうおバカ系の内容です。
しかしながら、なぜかそこにはキャプテン翼でおなじみの面々……の名前が。
しかもキャラ紹介でも似ている部分が…。
まあいわゆるパロディなんでしょうが、しかしながら、さすがにこれだけ露骨にキャプテン翼キャラの名前が出揃っていると、マンガのキャラとのイメージに重なってしまい大変ですな。
次藤というキャラなどは、外見はかわいいのにあのゴッツいカタパルトというイメージ浮かんでしまってどうにもこうにも。
その反対に、森崎というキャラなんかは、元ネタと同じようにキャラ説明でも『へっぽこ』とか『吹っ飛ばされ』というイメージがついてるみたいだし。
若島津というキャラなんかは、元ネタと同じく日向に献身的についていってるみたいだし。
ミューラーってキャラなんかは、女なのに本当にゴッツイし。
とにもかくにも、なんかすごそうなゲームだ。
なんとなく、ゲーム中も、スカイラブとかツインとかドライブとかタイガーとかファイアーといった名前を含んだ必殺技なんかが出てきそうですな。


もうそろそろ、泳ぎの季節ですねえ。
所で泳ぎで代表的なものといえば、クロール、平泳ぎ、背泳、そしてバタフライでしょう。
ですが、しかしいまだにわからないのが、バタフライ。
クロールはもっともスピードがでる泳ぎとして、平泳ぎは息つぎをしないので遠泳に向いた泳ぎとして、背泳は体力をあまり使わない泳ぎとして、というように十分納得の行く活用法があるのに、バタフライだけは存在意義が不明。
ダイナミックな動きで体力消耗は激しいわ息つぎは必要だわで、性能的に考えた場合、ろくな泳ぎといえないような気がするんですが、一体この泳ぎの必要性ってなんなんでしょうねえ。


名作アクションゲーム『魂斗羅』シリーズの新作、『NEO魂斗羅』が登場するというニュースを聞きました。
それにしても、魂斗羅のようなゲームって今じゃ貴重ですよね。
何が貴重かって、硬派な一発死にアクションだというのもそうでしょうが、それと同時に設定の飛ばし具合のステキさが貴重。
大体、第一作目からしていきなり西暦2633年だもの。
ドンだけ未来なんだよ、と。
しかも武装が現代と大して変わってないし。
また、普通は未来の世界というと、技術が発達して人間よりむしろ便利な機械を扱った戦いをする事が多いものなんですが、魂斗羅シリーズではそれには当てはまらず、ミサイルにつかまって戦ったりエイリアンの大群相手にたった二人で戦いを挑んだりバイクの上をジャンプしながら戦ったりと、明らかに現代人をはるかに超越した身体能力を駆使して戦っている辺りがステキ。 さすが百戦錬磨の兵士だ。
NEOでもその魂は受け継がれてて、宣伝用ムービーで回転するヘリのローター上を超高速で走りながら敵と戦っているシーンはシビれました。
シリアスサムなんかもそうなんですが、こういう肉体派主人公が馬鹿でかい武器を持って常識はずれな戦いをしでかすというのには、どうにも魅力を感じてやまないです。


資本主義社会というのは、生産物(いわゆる商品、サービスも商品の一種)は貨幣と交換されるというシステムによって成り立っています。
これは、ブッちゃけていうなら、いわゆる物々交換の一種。
対象が交換に便利な貨幣になり代わっただけで、実質的には物々交換をしているのにかわりはない、といえます。
なので、資本主義社会制度においては、貨幣を支払う側、つまり消費者と生産物を提供する資本家側は立場的には平等になるわけで、日本で当たり前のようにまかり通っている『消費者はえらい』というわけではないものとなります。
ただ、消費者側は生産物を選択できるという自由が与えられているために、生産側は自分の側を選択してもらおうと切磋琢磨しているわけで、決して消費者よりも下の立場にいるから腰を低くしているわけではありません。
『お客様は神様です』というのも、お客すべてが神様というわけではなく、金を払ってくれるから神様、と。 んで金を払わない客は客じゃない、と。
しかしながら、日本ではどうにも、そういう意識をしてない客が多いですねえ。
例えば、コンビニや食堂などで、別にどうでもいいちょっとしたことに対して、すぐに怒り狂って怒鳴り散らすアホな客がたまにいたりします。
んでそういう客の中には『金なんか払わないからな』とほざいて、散々文句たらたらたれまくる人もします。
しかしながら、考えてみれば、『金を払ってない』時点ですでに資本主義社会の構造において『消費者』という存在ではなく、単に生産物を一方的に取得した側になるわけで、つまり今風に言うなら『客ではない』という事になるわけで、それなら文句をつけるのはお門違いになるんじゃないかなあ、と思えてしまいます。
さらに中には、金を払わないだけでなく、『慰謝料払え』と逆に金をせびり取ろうとするケースなんかもあったり、店側が強気に出ると『こっちは客だぞ』とえらそうにしたりする人もいます。
でも、生産物を取得してるのに金は払ってないという時点でその人間はすでに客ではなく、そういう事を言う権利はその人間にはないわけで、たとえ商品がその料金以下の価値しかなかったにせよ、そういう文句を言いたいのなら、しっかりと生産物と交換されるべき貨幣、つまり料金を支払ってから文句を言わないと、たんに店に入ってかってに物を取って文句たれてる人と同じなんじゃないか、と思ったりします。

って、さすがにちょっとひねくれすぎな見方ですかね、これ。
でも、実際のところ、資本主義社会って生産側と消費側の立場は対等のはずなのに、資本主義先進国である日本では、なぜか客側がえらそうにしてることって多いですよね。
まあその逆に、低俗で言語道断な店員も多いわけですが。
資本主義社会といいつつ、資本主義社会の定義から少々ずれた感じになってきているのは、ちょっと不思議ですな。


学生生活の間は限られた空間での人付き合いが主になるため、その中でのみはやるローカルな言葉や言い回しといったものがよくあるものです。
私の中でも、エッセイでも書いた『気にしたら負け』のように、そういう独特な言い回しはかなりありました。
そんな中でも、思い出しただけで笑えてしまうのが、柔道部内で一時期流行った『革命』という言葉。
体育会系の部活の場合、部活内で後輩をいじめてた(もちろん本格的な殴ったり蹴ったりするようないじめではなく、かわいがるという感じでいたずら程度にからかったりおちょくったりするくらいのもの)という人はけっこう多いもので、もちろん、私の所でもそういう風潮はありました。
んで、そういう時、ちょっと反撃に出てくる後輩を、私達の部では『革命』と呼んでました。
例えばちょっとした投げ技の実験台に使ったりくすぐったりして後輩にいたずらをしているときに、その後輩が嫌がってちょっと反撃に出たり振り払おうとしたりすると、
『うわっ、○○が「革命」引き起こしやがった(笑)』
という。
しかしながら、いったいなんですか、革命て……。
まったくもって、おばかでアホな時代でした。
でもそういうわけのわからない言葉を作ってしまうのも、少年時代ならでは。


昼間に部屋にゴキブリやムカデといった虫が出ても別にどうって事ないのに、夜に部屋にこれらの虫が出たら妙にイヤな気分になりません?
なーんか、昼に出るやつよりもキタナそうな、そんな感じ。
気分的なものなんでしょうが、やはり、暗いという事が大きく関係しているのかも。


スパムメールってのがありますな。
私のところでも、一日平均70〜80通くらい来るもので、毎度毎度削除するだけでもかなりめんどいです。
まあ、中にはネタ的に面白いスパムメールなんかもあったりするので、そういうのを見つけたときにはちょっとニヤリとしてしまいますが。
にしても、スパムメールにも色々ありますが、その中には受信日時がものすごい過去とか未来とかになってるモノがあったりして、一体どういう了見か、と思ってしまったりします。
これ書いてる現在は2004年5月25日ですが、今残ってる削除済みメールをソートして見てみると、
受信日時が最も古いのは1934年9月4日。
……そんな時代にEメールがあってたまるかい。
逆に受信日時がもっとも新しいのは2006年1月22日。
……なんでやねん、どこの世界から来たんじゃい。
EメールどころかPCすらなかった時代からメールが来てるのか、はたまた未来の世界からタイムマシンを使ってメールを出しているのか。
まったくもって謎です。
まあ、結局はPCや送信時の日付が狂ってただけの事なんでしょうが。
でも『1934年』とは日付狂い過ぎだって。


先日、ハサミでチョッキリと手のひら切ってしまいました。 それも突き刺したりとかそういうのではなく、本当に肉を挟んで切ってしまったという。
ナイフで指先とかを切っちゃうならまだしも、まさかハサミで手のひらを切ってしまうなんて思いもしなかったです。


20年位前から今に至るまでずっと連載が続いている、あさりちゃんというマンガがあります。
子供の頃は、姉の持っている原作をちょっと読んだり、夏休みに放映されているアニメなどをよく見てたものです。
なんですが、今思い返してみると、あの当時放映されていたこのアニメのオープニングの歌って

カスっ子グズっ子落ちこぼれ
ひじ鉄ひざ蹴りパンチにビンタ
ママのかみなりタタミのいびり

ボケっ子ドジっ子ミソッカス
首投げ飛び蹴り四の字固め
ママのお仕置きタタミのイヤミ

といった歌詞だったんですよねえ。
少女漫画の割にえらくバイオレンスだったんだなあ。


コンピュータ用語である『DOS』は、いくつかの意味を持っていますが、一般的にはディスク・オペレーティング・システムの略として使われている事が多いです。
代表的なのは、『MS-DOS』ですか。
またDOS=MS-DOSと指す事も少なくなく、Windowsと区別するときに『Win』環境、『DOS』環境といった感じで使われることも多いです。
しかしながら、考えてみたらWindowsも、ハードディスクを使っているOSなので、立派なDOSといえますな。
でもなぜかWindowsをDOSの一種と呼ぶ人は全然いませんねえ。
やはり、『MS-DOS』が『DOS』という印象が強いためか、はたまた知っててあえてそうとは言わないだけなのか。


先日、とある掲示板でマリオブラザーズの話題を見ていたとき、ふと昔読んだファミコンの攻略本に載ってた、読者投稿によるマリオブラザーズの続編の話を思い出してしまいました。

ドコの出版社の本だったか、なんてタイトルの本だったかは忘れてしまいましたが、覚えているのは、ファミコン全盛期の頃、一冊の中に数本のファミコンタイトルの攻略法が載っているというシリーズの本で、巻末には読者の投稿によるゲームアイデア募集のページがあった、ということです。
んで、そのゲームアイデア募集のページ、半分くらいは一発ネタ的な内容のアイデア投稿ばかりでしたが、しかし中には本格的に考えたかと思える投稿もあったりして、なかなか面白かったものです。
そんな投稿の中でもひときわ強く印象に残っていたのが、『マリオブラザーズ2・ビルの建設』というマリオの続編的なタイトル。
他の書きなぐり程度な内容のものに比べ、そのマリオ2のアイデアはものすごく凝ったもので、2ページくらい使って投稿者のイラスト入りでかなり大きく紹介されてたのをよく覚えてます。
ゲームの内容は名前の通り、建設途中のビルを完成させるというもので、、特定の場所にある資材置き場から資材を持ってきて、ビルの穴が開いたところや壁といったスペースに資材を設置していくという。
資材は設置場所を通過すると自動的にセットされる。
しかし事はそう簡単には行かず、ビル内にはカメやカニなどマリオブラザーズでおなじみの敵がいて、マリオの建設行為を邪魔します。
触れるとミスとなりますが、しかしマリオは画面左右にあるバーナーを使ったり、上から資材を落としたりして敵を攻撃できます。
他に、お助けキャラとして資材を運んで取り付けてくれる『レスキュースパナ』、お邪魔キャラとして取り付けた資材をはずそうとする『スクラッパー』ってのがいました。

という感じの内容でした。
今からすれば類似のゲームがいくつか出てそうな、それほど珍しい内容ではないですが、しかし当時にしてはかなり凝った内容で、そのままゲームとして作ったら結構面白い内容になってたかも、と思ったものです。
そういえば、あの頃はマリオも配管工などの労働者という設定の方が強かったんですよねえ。
私のほかに、この内容の本を読んだ事のある人、いませんか?


シューティングゲームで、『プレイヤー機は、なぜ攻撃力だけはやたら高いのに、逆に防御力は一発で死ぬほど弱くなっている事が多いのか?』という疑問を持った事のある人も多いはず。 実際、私もよく考えたものです。
がしかし、これって考えてみれば、なかなかに納得のいく設定かもしれません。
なぜなら、この構成を人間に置き換えた場合、
刃物、弓矢、大砲、銃、爆弾、ロケット弾、ミサイルなど、人間は武器を持つことで絶大な攻撃力を得る事ができる。
しかし、その逆に、人間自身の防御力はそれらの攻撃に無力といっていいほど脆弱で、またそれらの攻撃に耐えれるほどの人間用の防具というのはほとんどない。
分厚い鎧を装備したところで、耐えれるのはせいぜい拳銃弾程度まで。
持てる武器の攻撃力は絶大なのに持てる防具の防御力は脆弱。
防具を使わずその場所から避難するのが人間の主な防御法だという解釈もあるでしょうが、しかしこれなんてそれこそシューティングゲームで敵の攻撃を喰らわないように避けまくるという形。
図らずも、シューティングゲームの攻高防低というのは、人間と同じということに。
したがって、人間の攻撃力と防御力をリアルに上手く表現したものこそが、まさにシューティングゲームの真髄なのだ!

と思うのはさすがにこじつけですかね。
でも、なーんか、納得度高いような気もするんですが。
どうなんでしょうねえシューティングゲームの『攻高防低』という構成と人間の関係。


小学校が舞台となるマンガとかでは、よく演劇をやるときに『誰が主役をやるか』でもめるシーンがしばしば見られます。
なんですが、あれって実際のところどうなんでしょう。
むしろ主役なんて目立つ役、誰もやりたがらないと思うんですが…。
とりあえず私の通ってた小学校では、目立つ行為をするとからかわれる対象になるので、みんな劇の主役とかそういう目立つ行為は誰もやりたがらなかったものです。
その他大勢とか市民と言った目立たない役のほうが人気でした。
なので、どうも、小学生が主役をやりたがったり、やたら目だってクラスのヒーローになろうとする姿は、あんまりしっくり来ないです。
他のところではどうなんだろ。
もしかして、こういう考えしてたのって、私のところだけだったのかな?


昔は、神への供物として人間の体を捧げる『生贄』という慣習がありましたね。
今じゃまずありえないものなんですが、その手の時代を舞台にした映画やマンガ、小説などではたまに見られるので、知っている人も多いでしょう。

ところで、ちょっと思ったんですが、生贄って、なぜに『生』きた『贄』という事になってるんでしょうねえ。 生贄というくらいだから、それは神の食べ物としてささげているはず。
普通、人間の場合、魚ならまだしも、肉というのはえてして焼いて食べた方がいいはずなのに、なぜに神への供物として差し出すときには生で、それも生きたままで差し出すことになってるんでしょうねえ。
日本料理での活け造りのように、生きたものをそのまま食べる事は確かにありますが、でもそういう文化はごく一部の限られたもののはず。
まあ、もしかしたら神様という存在は人間とは比べ物にならないほど崇高な存在だというのが理由かもしれません。 神様という存在は、人間のように肉を焼いて食うのではなく、生で食べるのだと。
が、でもなんかそれだと納得いかないような…。
人間の場合も肉を生で食べる時代はあったものですが、しかしそれは火を使う以前の旧時代と呼ばれる、原始時代、いわゆる動物と同じような食べ方をしていた時代。
とすると、崇高な存在である神様にそれと同じ食べ方をさせるというのはどうにもおかしい気が。
つまるところ、神様と崇めつつも食事の仕方は原始時代の人間か、あるいは動物と同格の扱いにしている、と。
うーむ、神に対して失礼になってるような…?
この理論で行くと、人間などを供物とする場合、生きた贄としてではなく、ちゃんと食べやすいように焼いたり切ったりなどおいしく料理しておいて捧げるのが、正しい供物としての捧げ方となりますな。
むぅ、それもなんかスゲェいやだなあ。

結局は、宗教や神といったものはえてして変な慣習や風習があったりするものなので、おかしいなと考えられる以前に、こういうのはすでに当たり前のようにまかり通っていたから、というのが理由なんでしょうけど。


列車事故の原因となるタチの悪いいたずら、『線路に置き石』。
ひどい時には列車が脱線する原因となる事もあるようで、実行するのは簡単だけどそれによって被る被害は甚大なものになる可能性のあるいたずらです。
そんなタチの悪い置き石ですが、実は私も子供の頃、興味本位で踏み切りの線路に置き石をした事があったりします。
まあでも、その時、近くにいたとあるおじさんが『やめなさい!』ときつく叱ってくれたので、あわてて私は電車が来る前に置き石をすぐにどかして事なきをえたんですが。
しかしながら、いま考えてみると、もしもあのときに誰もいなかったとしたら、果たしてどうなってたことやら。
車輪部の故障や緊急停止が起きるか、ヘタすると脱線してた可能性も。
線路のすぐ傍は密集住宅地帯だったので、脱線なんか起きると恐ろしい惨劇に…。
もしもあのときに私が置き石を実行してたら、私と私の家族の人生は大きく変わってたかもしれませんな。
まったくもって、子供時代というのは、怖いもの知らずというか、無知というか、恐ろしいですねえ。
ゾッとしますねえ。


『ペンは剣よりも強し』って言葉があります。
簡単に言えば『武力よりも、新聞や雑誌などの報道記事は強い』ってことで、一人の兵士の武力よりも一人の新聞記者の書く記事のほうが社会的に大きな影響を与えれる、という意味です。
確かに、新聞記者などがある記事を書いただけで社会全体を揺らす事は可能だったりするので、ある意味間違ってはいないといえます。
がしかし、これに関しては、ちょっと疑問に思ってしまうことも。
というのも、ペンは剣よりも強いという言葉の通りの事を実行するには、まずなにより新聞やニュースのような社会的に広範囲に広まっている報道機関が必要となるわけで、またその新聞も社会的に大信用されている事が前提だったりします。
つまり、いくら情報があっても、それを広めるための媒体が無いと意味がない、と。
ドラマや小説とかで新聞記者などが『俺のペンは貴様を社会的に抹殺できるんだぞ』とかそういう類の事を話したりするシーンがあったりしますが、しかし『大手報道機関』と『社会的信用』という二大バックボーンがあってこそ『ペン』は『剣』より強くなれるわけで、そう考えるとそういう新聞記者が得意げに『自分のペンは剣よりも強いのだ』と語るのはなんか違うんじゃないか、と思えてしまいます。
剣を持っている人はその身一つで戦えるけど、ペンを持っている人はそのペンひとつあっても報道機関がないと意味が無い。
だから、本当は『俺の属する報道機関は貴様を社会的に抹殺できるんだぞ』なんじゃないかと。
実際、ごく普通の個人がペンを持って言論を振りかざしたところで、報道機関も社会的信用もないその個人は、大多数の人からすれば『ダレこれ?』『何いってんの、あんた?』という程度のものになるわけで、しょせんは一人の言葉以上の影響は与えれません。 よしんば影響を与えれたとしても、せいぜい町内くらいなもんですし。
また有名人の場合でも、社会的信用があるにしても、大声を張り上げたり持論を振りかざしたりしたところで、やはりそれを全国に広めるための報道機関が無いと所詮は口コミ程度のものにしかなりませんし。
ホラー映画やSF映画などで、真実を知る主人公が『怪物が出た』と騒いでも誰一人相手にしてくれないという描写がよくありますが、丁度そんな感じ。
そこんとこどうなんでしょうねえ、『ペンは剣より強し』。
それよりもむしろ『報道機関は剣より強し』というほうが正しいのかもしれませんな。


カレーといえばビーフカレーといえるくらい、日本ではビーフカレーはカレーの定番となっています。
んで、レトルトカレーのビーフカレーやビーフカレー風味のお菓子などは、宣伝効果を狙ってか、『本場』とか『インド』といった類の表現を使う事がままあります。
例えば、『本場インド人もびっくりの美味しさ、ビーフカレー』など。
しかしながら、考えてみればインドって宗教上の理由で牛は食ってはいけないので、『ビーフカレー』を『本場インド』に絡めたりするのは、どうにも根本から間違っているような気がするんですが。
そこんとこどうなんでしょうねえ、『本場インド』という名のビーフカレー。
ちなみにインドのカレーで使われる一般的な肉は、主にチキンやゴートな。 また緑色のカレーなどもあったりします。
タイの方面に行くとココナッツミルク入りカレーとかマンゴーカレーとかも。
ああなんかカレー食べたくなってきたなあ。


ものすごいゴツいフォルム、そして喰らっただけでミンチになりそうな弾幕シャワーでおなじみ(?)、
無痛ガンこと『GE M134 Minigun』、通称バルカン砲。
映画では『プレデター』や『ターミネーター2』、『マトリックス』などで、そしてゲームでは『シリアスサム』『Quake2』『DOOM』『Unreal』などに登場しています。
で、そのミニガンですが、こないだネットサーフしているときにこれを実際に発砲しているムービーを見つけました。
ムービー内での説明によると、口径は7.62ミリ(30口径)、発射速度は50発/秒(3000発/分)。

で、見てみました。
いやはや、スゲェ!!
大迫力!!
しかしながら、7.62ミリという口径のためか、弾丸はほとんど標的を貫通しているみたいで、映画ほどに派手に吹っ飛ばしたりは出来ないみたいですね。 映画のは若干演出過剰だったわけか。
それでも、標的は蜂の巣状態な穴だらけになってるので、コレを人間が喰らったらどうなるのやらと思うとぞっとしますな。
とにもかくにも、いいもん見せてもらいました。


北斗の拳のケンシロウの必殺技で多分一番有名な必殺技といえば『北斗百烈拳!』ですね。
この技は内容は名前の通り、パワフルな拳打を百発も経絡秘孔に叩き込むという、なかなかにすさまじい技だったりします。
がしかし、この技、ケンシロウははたしてちゃんと拳打を百発もキチンと浴びせているのか、というのが疑問です。
反復練習じゃあるまいし、実戦で使うラッシュや連打なんていちいち一発ずつ数えたりしないものなので、おそらくは、正確にきっちり百発というわけではなくおおよそ百発前後なんでしょう。
で、もしそうだとすると、『北斗百烈拳』というのは命名としては正しくないわけで、ケンシロウには是非『北斗約百烈拳!』と解明してほしいですな。
という恐ろしく揚げ足取り的でくだらないネタをとある掲示板で見て考えてしまいました。


ドラクエV以降は、モンスターを仲間にするシステムが採用されてます。
戦闘で倒したモンスターが起き上がり、仲間になりたそうにしているのを受け入れると、モンスターがプレイヤーの心強い仲間になるという。
外見からして個性ありまくりのモンスターは、人間よりも育てるのが楽しかったりするものです。
がしかし、それまで見ず知らずだったお互いが直前まで本気で殺しあっていたのに、戦いが終わったら仲間になるというのはちょっとおかしいような気が。
同族を多数惨殺した人間にうれしそうに取り入り、さらに取り入った後は自分の同族すら情け容赦なく惨殺しようとするモンスター側もそうですが、それと同時に、見ず知らずの、それこそいつ寝首をかかれてもおかしくない得体の知れないモンスターを気前よく仲間にするという主人公側も度胸があるというかなんと言うか、考えてみたらスゲーシステムですよね。
戦争で、負傷した敵兵がいきなり敵にむかって『君達の軍に入れてくれ』って言って、そして敵の方も疑いもせず気前よく仲間に入れてやるるようなものですからねえ。
おそらく、各々の腹の中では

モンスター:(こ、こいつら強ぇよ…! こんなやつらとやりあってたら命がいくつあっても足りない! 仲間達にゃ悪いが、魔王軍にいるよりこいつらと組んだ方がマシってもんだ……)
『お願いです仲間にしてください!』

主人公:(仲間を見捨ててこっちに寝返ろうたァ、ふてぇヤツだな。 まあ、いざとなったら盾代わりにはなるか。 邪魔だったら爺さんとこに預けるか捨てりゃ良いんだし。 それに見ず知らずのモンスターだから情も湧かないし)
『よし、わかった、仲間になりたいならついて来いっ!』

とか思ったりしていたりして。
なんて腹黒な…。

と考えてしまう私はひねくれ者ですか?
でも、こういういろんな解釈が出来たりするのも、ドラクエの楽しさ。


誰もが知っているアニメ(マンガ)鉄腕アトム。
彼は足の裏のジェットで空を飛び、ケツにマシンガン装備して、さらには10万馬力のパワーがあるというのはご存知の通りですね。
しかしながら、アトムって、元々は天馬博士の息子が死んで、その死んだ息子の代わりとして天馬博士が製作したロボットという設定のはずなんですが、なぜに博士はアトムに10万馬力もの力を発揮できるようにしたのか、どうにも理解に苦しみます
『悪と闘う正義の味方』として活躍させようとしたかったという解釈をするなら、博士は死んだ息子の代わりとして作ったロボットをわざわざ危険な目にあわせようとしているのか、という矛盾にぶち当たるハメになりますし。
それ以外の目的にしても、10万馬力もの仕事率を存分に発揮できる仕事なんてえてして危険な内容がほとんどのはず。
その反面、使わないのならオーバースペック一直線。
原作は読んでないので私は詳しい話を知らないんですが、そこんとこの謎はどうなってるんでしょうかねえ、鉄腕アトム。

追記:後で聞いた話なんですが、博士は息子がロボットのように上部だったら死ななかった、だから今度生まれる個は丈夫な子供にしよう、という事で頑丈なロボットになったらしいです。 また、それに加えていっそのこと科学の水を集めたロボットの芸術品を作ろう、といういとも組み込んで、それによりマシンガンだのジェットだのが装備されたといういきさつらしいです。
しかしながら、これも考えてみれば、死んだ息子の分身を作るついでに自分の趣味やライフワーク(?)でもある最新テクノロジを盛り込もうとするなんて、なんか息子で遊んでいるんじゃないかという気も…。


レストランでほぼ必ずあるメニューといえば「お子様ランチ」ですね。
でも考えてみればランチって昼飯の事なので、夜に出すのは『お子様ディナー』というべきなんじゃないか、と思うんですが、なぜかいまだにずっと『お子様ランチ』がまかり通っているのかが不思議ですねえ。
そういえば、お子様ランチは一つのメニューに多種多様な料理が入っている上に、場合によっては小さなおもちゃなども付いている、しかし値段は比較的安いので、原価割れかもしくはそれに近いくらい儲けが少ない場合も少なくないらしいですね。
それでもお子様ランチがメニューに必ずあるのは、コレが子供連れ家族客の牽引役となるからなんだとか。
つまりお子様ランチを注文する子供にはその保護者となる親がほぼ必ずいるのだから、お子様ランチの儲けが少なくとも親の注文で儲けをカバーできるというわけですね。 うまく出来てるもんだ。
しかし、比較的値段が安い割に色々な種類を食べられるお得な料理のためか、それ目的でしたたかな大人がお子様ランチを注文するケースが結構あるらしいという話も。
だからレストランの中には大人はお子様ランチが注文できないようになっている場所も少なくないようです。
客であるお子様が好むだけでなく、レストラン側からも『お子様』だけに利用してほしいと願う料理。
まさにあらゆる面で『お子様ランチ』。
名に偽り無しとはこのことですな。


お酒は二十歳からというように、日本では成人は20歳以降と定義されているのは誰もが知るところですが、その割に電車料金とかは中学生から成人と同じ料金(大人料金)になっているのはなぜなんだろうなあ、と不思議に思います。
ナンカ納得いかんぞ。
そういえば、パチンコもなぜに20歳以上でなく18歳以上が年齢制限なんでしょうね。


子供のころ、映画やマンガなどを観てるときに、悪役などから『動くな』と拳銃を至近距離で突きつけられ動けなくなるの人物をみて『すぐ目の前にあるんだから、ぱっと叩き落としたり、奪ったらいいのに』とよく思ったものです。
実際、背中に拳銃を突きつけられているときも、すぐに動けば相手が引き金を引く前にさっと身をかわすか、あるいは拳銃を奪うことができるもので、だからさっさとそうすれば相手の巨を付いて反撃など出来そうなものです。
なんですが、しかし冷静に考えてみると、拳銃を目の前で突きつけられて冷静にそんな対処をできる人物なんて、そういう経験をした事のある一部の人を除いてはまずいないものなので、できそうだけどできないというのはまったくもって正しい反応なのかもしれませんね。
実際、ある私の知り合い(女性)はアメリカに滞在している時に、こんな経験をしたらしいです。
ある日車の運転をしているとき、検問などで警察に呼び止められたんですが、つい日本の場合と同じようにすぐにウィンドウを開いてしまったため、警官に拳銃を突きつけられたという(そのため、アメリカのその町では車中のドライバーは、警官に質問されてもうかつにウィンドウを開けてはいけない)
彼女曰く、そのときの怖さと要ったら相当なものだったようで、あまりにびっくりして混乱してしまい、怖くてしゃべることすら出来なかったらしいです。
警官がそれを見てあわてて『Take it easy, Take it easy』となだめたくらいで。
普通の人がいきなり拳銃を突きつけられると、狼狽してこんな反応をするのが当たり前なんでしょう。
ていうか本当に怖いし。
拳銃でなくとも、刃物を突きつけられるだけでも、普通の人なら恐れおののくものでしょう。
映画のヒーローのように、沈着冷静に状況を把握して、すかさず叩き落したり奪い取ったりすることなんてできないでしょうな。


何かにお金を投資して、当選したら賭けた金額以上のお金が手に入るという、いわゆるギャンブルやくじというものがあります。
しかしながら、競馬や競艇、パチンコなどを見てもわかるように、こういう物事はえてして風当たりが強いものです。
がしかし、コレがなぜか、『宝くじ』になると風当たりが強くならないから不思議ですな。
宝くじも、お金を出して券を買い当選すれば大金が手に入るという、法的にはどうであれ、やってる事自体は見た目ギャンブルと変わらないはずなのに。
『くじ』という名称だからなのか、それとも銀行が運営しているからなのか、はたまたある程度技術や知識が必要なほかのギャンブルと違ってほぼ完全にランダムな要素にて抽選されるからなのか、あるいは『夢を買う』というキャッチコピーにて比較的ギャンブルっぽくない印象を与えているからなのか。
そこんとこ、どうなんでしょうねえ、宝くじ。
という事をナンバーズ購入している人を見てふと思いました。


『ゴルゴ13』ってマンガがありますね。
んでこのマンガの主人公、デューク東郷は、常に沈着冷静、狙ったターゲットははずさない凄腕のスナイパー。
生き死にを左右する困難な任務にも泣き言一つ漏らさず、徹底して無言で任務を遂行する。
すさまじい精神力を持った人物です。
がしかし、彼は自分の背後に誰かが立つと反射的に投げ飛ばしたり攻撃してしまうようになっているあたり、デューク東郷ってすごく臆病ともいえるわけで、考えようによっては一般人以下の精神力な人ともいえるかもしれない。
まあ、『臆病=用心深い』ともいえるわけで、要するにこれって捉え方の違いってだけなんですが。

ちなみに関係ないですが、このおっさんは無言で怒るからおっかないですな。

追記:後で知ったんですが、実際に彼自身も作中で『ラビットのように臆病だ』といってたらしいです。


ここ数日エースコンバット04をプレイしていたんですが、ようやくACE難度モードにて、F-4E ファントムを使ってのオールSランククリア達成しました。
イヤー苦労したなあ。
Su-37AやF-15 ActiveやX-02などに比べて旋回性能はトロ過ぎるわ加速性能は悪いわミサイルは少ないわ特殊武装も少量の爆弾しかないわで、とにかくしんどかったです
最初は『こんな機体でAce難度オールSランク取るなんてできてたまるか!』と思ってたものですが、やってみると出来ちゃうもんなんですねえ。
今じゃすっかりF-4 Eの挙動に慣れてしまったので、上記の高性能機体を使用すると動きやすすぎて振り回されてしまったりも。
というわけで、このゲームを持っている方は、一度挑戦してみては?


社会欄とかで見られる、普通の人が何かしらやらかしてしまうという事件などの原因を語る際に非常に多く使われるのが、『カッとなった』って表現ですが、なんといいますか、しかしながらこの
『ついカッとなってやってしまった』もしくは『カッとなってついやってしまった』
って言葉、あまりにしょっちゅう使われるもんだから、もはやちょっとした事件で使われるデフォルトの言葉って感じがするような気がしますな。
とにかく頻繁に使われるもんだから、なーんか、理由を説明するときにはもうこの言葉を使っておけばおおむねOK、みたいな風潮が流れているようないそうでもないような。
それこそあまりにワンパターンな言い回しすぎるので、もうちょっと他の言い方で表現は出来ないもんなのかなー、と思ってしまったり。

という恐ろしくくだらない事を、ニュース欄見ながら考えてしまいました。
まったくもって、くだらない駄話だなあ。


とあるサイトで
『ルパンごっこ』
なるものを見ました。

1. コンビニにいく。
2. 普通に買い物をする
3. なにくわぬ顔で店を出る
4. 数分後、息を切らしてコンビニのレジにかけよる
5. 「お、おい!さっきこんな顔をした奴がこなかったか!」と叫ぶ
6. 「あなたがさっき買い物していったんですよ?」と店員に言われる
7. 「ば、ばかもぉ〜ん!それがルパンだ!追えぇ〜!」と、叫びながら店を出る

うーむ、あまりにアホな行為ですが、しかしえてしてルパン三世の特徴を的確に現しているので、なかなか面白いですな。
ていうか上手いと思った。


ネット上での会話やコミュニケーションは、現実上でのコミュニケーションとは違うものとよくいいますね。
まあ実際、対面&音声という多量の情報が得られる現実上でのコミュニケーションに比べて、ネット上でのコミュニケーションはしょせん文字主体のものですから、行き来する情報に限りがあるわけで、現実のコミュニケーションとは程遠くなってしまうのは明白なんですが。
そんなわけですから、差異が生じるのは当然なわけです。
で、その中でも最たるもの、つまり現実とは決定的に異なるものといえるのが、ネット上で人物像かもしれません。

よくあるのが、ネット上で非常に魅力的な人格を構成している人物。
多分周囲にけっこういると思います、ネット上ではやたらにいい人に見える人が。
わざとネット上で自分を過剰に演出しているってんではなくても、ネット上の文章などを読んでいるといかにも美男あるいは美女あるいは紳士あるいは頭よさそうなあるいはワイルドあるいはセクシーそうあるいはリッチそう……という風に、典型的な魅力を発散しがちな人物がえてしていたりします。
そういった人物に実際あってみると、ネット上の雰囲気とは打って変わって正反対であったり、あるいはネットと近い雰囲気だったりして、一概にどうこうとは決めれないんですが、しかしとりあえずネット上にてものスゲくマグナム魅力的に感じるならば、多分それは過剰な演出であって、実際の人物の魅力はそーでもないっていうか期待未満だったりする事が多いようです。
いわゆる、お見合いではいい人だと思ったのに実際に結婚してみたら全然ダメな人だった、みたいな(チト違う?)
その逆に、ネット上ではヤケクソなまでに毒舌でヤな感じを振りまいている人物が、実際には小心者でおとなしい人だったり。
むしろこちらの方が多いかもしれません。
あとネカマとかネナベなどもこの一種ですね。
まあ、非常に多くの人物がネットを使うようになった現在では、そういうのを見抜く目も養われてきつつあるので、この状況も少し変わりつつあるようですが。
でも、やっぱりそういう実際の人物像とネット上の人物像は違うぞーてな風潮は随分……というかまだまだ残っているようなので、それなりに気をつけたいところですね。
ところで、こんなえらそうな事を言っていますが、私の場合はどうなんだろう?


最近、怒首領蜂大往生をメインでプレイしています。
なかなかノーボムパターンが安定しないです。

ちなみに先日、デスレーベルをとりあえず一周しました。
まさか緋蜂が2匹出てくるとは思わなかった。
恐ろしく手強い敵でしたが、Atype+S強化によるボムの数を最大限に使用し、残機0&残ボム1個というギリギリ状況にて何とかクリア。
そしたら昔なつかしの大佐が登場するとは、にくい演出だ。
直後に突入した二週目であっというまに死んだけど。
なんでも、子のですレーベルの二週目までをオールクリアした人はまだいないらしいですね。
そりゃそうだな、あんな攻撃じゃあ・・・。

そうそう、大往生をプレイしまくっている最中、
『もしもこのゲームが戻り復活だったらどうなってただろう……』
という恐ろしい想像をしてしまいました。
あとゲームセンターあらしに大往生をぜひともプレイしてほしいなと思ったりなんかも。
『炎のコマ〜っ』といって弾幕避けそうだな(笑)

追記:聞く所によると、デスレーベル2週クリアは2006年2月の現在でもいまだに実現されてないらしいですね。 まさに史上最凶の難度にふさわしいといえるかも。 ちなみに二匹の緋蜂は『緋蜂・改』という名前だというのは後で知りました


一般的に、動物をむやみに殺す事はよくないが、『食う為に』その生き物を(天然希少物でもない限り)殺す事は悪くない事だとされていますね。
そんなせいか、動物を遊びやハンティングなどで殺すのは残酷だというけど、食料として殺すのは残酷ではないといわれます(まあ、文化などの違いで場合によってはコレも残酷だといわれることもありますが…)
そして、殺される側の動物にも『単に殺されるのではなく食料として殺されるのだからマシだろう』と納得させて、食料用の動物を殺すのは残酷ではなく、殺される動物もあまり悲惨ではないとされているようです。
がしかし、コレがなかなかどうして、逆に人間が動物に『食い殺される』というケースになると、途端にその動物が残酷に見えてしまい、そして殺される人間はとてつもなく悲惨に見えてしまうから不思議。
昔は処刑した人間の体を柱などにくくりつけて放置し鳥葬にしていたものですが、これもそんな感じで残酷さ、悲惨さを演出していたようです。
また、自分が死んだら死体を火葬、土葬以外にも、大学病院に献体したりドナーとして役立てたりしようとする人はけっこういますが、動物のエサにしてやってくれという人はほとんどいないでしょう。
がしかし、その割に、土葬によって微生物などに人間が分解(食われる)されて土や虫や植物の養分にされていく、いわゆる土に還るというのは残酷でもなんでもないとされているからこれまた不思議。
そこんとこ、どうなってるんでしょうねえ。
なんだか気になります。


サーバーも新しいのに移転させた事だし、ここらでいっちょ掲示板も新しいのに変えようかなーと思ってるんですが、どのタイプが良いのかというのがなかなか決まらない状態です。
というのも、どの掲示板も一長一短で、あっちが立てばこっちが立たずという感じなので。
今のところ、5つの選択肢があるわけですが、ざっと説明するとこんな感じになります。

新しい書き込みが一番上に来る『オーソドックス掲示板』の場合、使いやすくレスの流し読みがしやすい&気軽に書き込みがしやすいという利点がある反面、全てのレスが平等に表示されるので若干融通がきかない(特定の話題に関しての集中的な議論などに向かない)という欠点があります。

スレッドを立ててそれに対してレスしていくという『レス型掲示板』の場合、レスの対象や話題や返信が把握しやすいという利点がある反面、特定のスレッドが大きくなるとそこだけスペースを大きく取って他のスレッドが目立たなくなったり、内輪盛り上がり的な雰囲気になりがちという欠点が有ります。

2chなどで使われている『スレッドタイトル表示型掲示板』の場合、スレッドタイトルのおかげで特定の話題が把握しやすく、番号リンクによって書き込みや返信がしやすいという利点があるのに対し、全ての書き込みをいっぺんに読むには向かなかったり、スレッド型なのでちょっとした軽口をするには向かない、書き込みの削除や再編集などができないといった欠点もあります。

そして質問掲示板などでよく見られるような『ツリー構造式掲示板』の場合、いつどこに書き込みがされたかというのが一目でわかる、トップにはタイトルのみが表示されるので動作が軽くて長文に向いているといった利点があるのに対し、気軽に行う流し読みには向かない、かなり閉鎖的な雰囲気になりがち、そのため軽口でのトークがしにくい、という欠点があります。

今現在使用しているこの掲示板の場合、軽くて長文に向いているのと、バナーなどが一切ないのでシンプルで見やすいのが利点ですが、反面機能がシンプルすぎるのと書き込みの再編集機能が無いという欠点もあります。

と、このようにどのタイプの掲示板もひとくせもふたくせもあるので、どのタイプにしても不満が出そうで、どうしようかというのが今の心境。

追記:実験的に自身でいくつかの掲示板を使ってみましたが、結局どれもしっくりこず、もう使い慣れたモノがいいやという事で今の掲示板を使い続けています。 もう6年近く前のものなのに…。
この頃はまだそれほど一般的ではなかったのですが、今だと最近流行のブログなどを利用するのもひとつの手かもしれませんね。 ただ、面倒なのでなんのかんのいってもけっきょくやらないと思いますが。


あまり料理が上手くない私ですが、しかし先日は我ながら最高に美味しいマーボードーフが作れました。
もちろん、それによって大満足な夕食がとれたけど、しかしその直後に腹を下してしまい、結局今回の料理は成功したのか失敗したのかどっちなんだー、と思ってしまいました。


少し遅い話題ですが、ドリフターズのいかりや長助さんが亡くなったみたいですね。
私も『8時だよ!全員集合!』などは子供の頃はそれはもう熱中してみてたものです。
ヒゲダンスとか、にんにきにきにきの人形劇とか、ひょうきん族派だった姉貴との対立とか、色々ありました。
そのドリフターズの第一人者ともいえるべき人が亡くなったかと思うと、時の流れを痛感しますね。
オィーッス、もいっちょオィーッス。
ああ今は昔…。


ゆとりのある学校教育っつーことで、なにやら最近は極力競争させまいとする、つまり競争心をあおらないようにしている所が一部あったりするらしいですな。
しかしながら、資本主義社会は競争によって成り立っている社会なんだから、『競争をなくす』っていうなればその競争が期間をなしている資本主義制度を真っ向から否定している事になりますな。
というか資本主義であろうと無かろうと、そもそも競争があるからこそ人間社会の発展があるわけで、競争がなくなると人間に向上心がなくなるような。
まあ確かに、何でもかんでも競争するのはよくないけど、しかし逆に何でもかんでも競争無しで全員平等っていうのも問題ありな気が。
何事もやりすぎはよくない、と。
そこんとこどうなのかなあ、と思ったりする今日この頃です。

追記:最近になって、ようやく『ゆとり教育』の問題が浮き彫りになってきたようですね。 結局はゆとりある人間性を育てる事にはならず、単にだらけた人間性を育てる結果になってしまったんでしょうか。


賞味期限にやたら気を使う人がよくいますな。
で、よくあるのが、賞味期限が一日でもすぎていると『これはダメ』といって捨てようとする人。
んで、ギリギリでも賞味期限以内だと『大丈夫』といって大安心して食べるという。
考えてみれば、変ですな。
そもそも、腐敗とか酸化なんて、ある時を境に急激に進むなんてものじゃ無いはず。
賞味期限の次の日に食べて腹壊すくらいの物なら、賞味期限当日、もしくはそれに近い日にちの時点で相当にやばいものか、もう駄目になってるもののはず。
だから、気にすべきなのは賞味期限ではなく、腐敗や酸化の度合いなのでは。
そこんとこ、賞味期限の境目に関して異様に神経質な人はどう思ってるんだろうなあ、とちょっと気になっちゃったりします。

中には、賞味期限がすぎる以前に食ったものはたとえモノが悪くとも自分のせいになり、期限を過ぎたものは例え一分一秒の遅れだろうと食品メーカーのせいになるということで、責任をよそに押し付けれるという安心感を持ってそういう境界線をきっちり引いている人もいたりするんでしょうねえ。
しかしながら、そういう人って責任を取らせるために賞味期限を守りたいのか、それとも食当たりなどを起こしたくないために賞味期限を守りたいのか、どっちなんでしょうな。


ビジネス書とかで、3つの勢力による競争などがあると『〜〜三国志』、3つ以上のものだと『〜〜戦国時代』ってタイトルが付けられる事が多いですが、どうにもこれってあまりにワンパターン過ぎな気がしますな。
まあ、こうすればキャッチーなタイトルになるからなのかもしれないけど、何でもかんでも『三国志』やら『戦国時代』やらのタイトルを付けてしまうのはさすがに安易なんじゃないかと。
おかげでそこらじゅうでなんちゃら三国志、なんちゃら戦国時代というタイトルをよく見かけるし。
という事を本屋にてふと思いました。


大阪の池田小学校というところで凶悪な刺殺事件が起きたというのは記憶に新しいところですね。
いわゆる男が一人小学校に乗り込んで、そこの小学生を数十人ほど殺傷し、かなりの死傷者が出た事件でした。

で、話によると、数日前にその小学校では校舎が改築され、そして事件の反省から、校舎の見通しをよくし、332ヶ所に非常ボタンを取り付けるという安全対策が施されたみたいですね。
これによって、二度とあのような事件が起こらないようにしたということですが…。
しかしながら、このシステムって、考えてみれば、どうにもちょっと問題あるような気が。
まず一つに、332箇所もボタンがあるというのはいいけど、しかしここは小学校ということなので、非常時に押されるよりもいたずらで押される方がはるかに高そう……というかぶっちゃけ、年がら年中いたずらで鳴り響いていそうですな。
どうにも、何回もいたずらをされて困ってる先生方のイメージが浮かび上がってしまいます。
実際、私の小学校の火災ベルも、本当の火事で押された事など一度も無く、100%いたずらで押されてたものですし。
ある程度の分別のある中学生、高校生を対象にするならまだしも、そういう分別の付かない小学生にこのような自主性に依存する機能を任せるのはいささか難しいような気が。
あまりにしょっちゅう起きる子供達の非常ベルいたずらに、教師達の危機感は日に日に薄れていき、とうとう……となったりして、と考えるのはあまりに悲観的すぎるかな?
それにもう一つ気になるのは、事件の起きた小学校だからというのも分かるんですが、しかしそれにしても、この小学校だけ局地的に安全性を高めてもあまり意味が無いような気がしますな。
他の小学校の安全性は無視ということなんでしょうかねえ。
まあ、実際に全ての小学校を同じようにするわけには行かないというのが現実なんでしょうが、しかしなんだか一見してその小学校だけがあまりに極端すぎるような…。

ところで、この新校舎の建設で話によると、数十億ほどかかったらしいですな。
それを見て、校舎の建設費を差し引いて、残りが誰の懐にいくら入ったのかが気になったりするというのはさすがに不謹慎ですかね。


怒首領蜂大往生のリプレイムービーをアップしたので、やはりというか当然というか、WEBスペースの転送レートが一気に跳ね上がってしまいました。
こりゃこのままいったら追加で料金払うハメになるなあ。
で、前々から考えていたサーバー移転計画を、今回いよいよ実行に移すことにしました。
すでに新サーバーの申し込みは済ませたので、後はセットアップが完了するまで待つだけ。

というわけなので、この度、『ほのん3』はサーバー移行を行う事になりました。
移転先のセットアップ完了待ちや移転先への引越しなど、色々準備があるので、おそらく一時的に『ほのん3』はアクセスできなくなるかもしれませんので、ご了承ください。

追記:この時にアップした動画、サイズはおよそ80MBほどだったんですが、しかしこのときに使ってたサーバーの月の最大データ転送量が4GBほどしかなかったので、予想通りオーバーしてました。
それもけっこうオーバーしたので、おかげで1万近く払う追加でハメになったものです。 この頃使ってたサーバーはホント、最初はいい条件に見えてたものの、今考えるとかなりしょぼい所だったようです。 今のサーバーと比較してみるに。
で、現在使っているWEBサイト用のサーバーへの移転を最終的に決定したのが、このトラブルだったというわけです。
ちなみに今のサーバーでも2度ほど、動画掲載したので転送量オーバーした事があります(笑)


先日の夕方、『久しぶりにシチューでも食うか』ということで、シチューを作りました。
んで、冷蔵庫に大したものが無かったので、具はひき肉だけ……にするつもりだったけど、さすがにそれじゃどうも量が足りなかったので、追加で冷蔵庫に眠ってたセロリと大根を入れました。
にしても、いくらシチュー用の野菜が無かったとはいえ、大根て…。
もはやシチューじゃねぇ……。
知り合いにこの事を話したら、『せめてカブにしとけよ』とか言われたし。
でもうまかったです。
カレーに大根を入れても合うように、シチューでもけっこういけるものなんですねえ。 意外だ。


またまた話は変わるんですが、コンビニや弁当屋でポピュラーな弁当に『のり弁』てのがありますね。
がしかし、考えてみればコンビニや弁当屋での弁当は、しゃけがメインならしゃけ弁当、とんかつがメインならとんかつ弁当など、メインとなるおかずの名前がその弁当の名についているわけですが、しかしのり弁の場合、アレってどう考えてものりが主役とは思えないような気がしますな。
むしろ、脇に入っているコロッケとかソーセージとか魚の切り身の方が魅力的に見えるという。
いやそもそも、から揚げ弁当はから揚げ目当てで、ハンバーグ弁当はハンバーグ目当てで買う人はいますが、のり弁をのり目当てで買う人っているのだろうか。
そこんとこ、どうなんでしょうねえ。
実際には、普通のおかずが普通に入っているだけであまりに特徴が無く、単に『弁当』というのもなんなので、それじゃのりでも入れてそれを名前にしてみようという事でこういう名が付いたのかもしれないですな。
それにしても、相変わらずまったくもってくだらない事考えてますねえ、私は。


3年半もの間使い続けてきたマウスの右クリックボタンがいかれたので、新たなマウスを購入しました。
ちなみに古いマウスのボタンを見ると、指の形に少し溶けたような跡が付いていました。
毎回同じポジションでマウスのボタンを押すので、その部分だけキーボードのテカリのように変化してしまったんですね。
さすが長い間使っていると違うな。
新マウスはロジテックの『OPTICAL CLICK!』
とうとう3つボタンマウスから4つボタンに移行したわけですが、4つ目のボタンの位置が下すぎて少々押しにくいという。
あとボタンそのものも前のより若干小さく、たまに指の位置がボタンからはみ出ることもあるなど、旧マウスに比べて若干手に馴染みにくいような。
まあ、使ってるうちに慣れてくるでしょうけど。
ちなみにこの機にワイヤレスマウスを購入してみようかなとも思ったんですが、どうも反応速度やバッテリー寿命など不明瞭な点が多かったので、今回は見送り。
ワイヤレスマウスの使い勝手って、どんな感じなんでしょうねえ。


在日外国人と日本人が議論する『ここが変だよ日本人』って番組がありますな。
けっこう視聴率もいいようで、知名度も高いようですが。
が、あの番組、見てると思うんですが、一見話し合いをメインとした番組のように見えて、実際には外国人と日本人のケンカやつばの飛ばしあいの描写を売りにしてるだけなんじゃないかと思えてしょうがないです。
いや議論してる事してるみたいだけど、実際のところ、議論された内容云々よりも特定の人が叫んだりケンカしてたという場面ばかりクローズアップされてたりするような気がしますな。
内容は無くとも大声出してれば番組内で目立つようになるし、視聴者的にもそういう場面ばかりが印象に残ったりしてますし。
まあそもそも、これはバラエティ番組だからそういうのがメインとなるのは必然だと思うし、そもそもマジメに議論するならこんな番組の構成をしないしでしょうし。
ただ、この番組、そういう無いような番組の割に、表面的にはマジメっぽさをアピールしているような感じがするのがちょっと気になります。


削除済みのメールの数が6500通を突破しました。
まあ、通常のメールのほかに、毎日50〜100通くらいスパムメールが来るんで、すぐにこれくらいたまるもんなんですが。
でも、どうせならどれくらい削除済みメールをためる事が出来るかやってみようかな。
数年後には100万通くらいたまってたりして(笑)

追記:結局1万通越えたあたりで面倒になったので、削除してしまいました。
しかしながら、それでも毎日数十通はスパムメールが来るので、すぐにたまってしまいますが。 でもその気になれば、今頃10万通越えてたかもしれないです。


『デリケート』って言葉がありますな。 いろんな目的でこの言葉が使われます。
で、よくあるのが、『私はあなたと違ってデリケートだから云々』とやたらそういうのをアピールしたがる人。
しかしながら、考えてみれば、デリケートなのをアピールする事って、何がいいのかな、とちょっと疑問に思ったりします。
まあ、男性と女性を比べて女性の方がデリケートだというのは、実際肉体的にも精神的にもそういえるかもしれないから仕方ないかもしれないけど、男がそういうアピールをしているのはちょっとどうかなあ、と思えてしまいます。
私は君に比べて神経がデリケートだからノイローゼになりやすい、身体がデリケートだからこんな事は出来ない、舌がデリケートだからこんなものは食えないなど云々などをわざわざ言うのって、結局は単に不幸自慢しているだけなのでは。
自分は他の人よりもひ弱だから同情してくれ、他の人よりも繊細だから大事に扱ってくれ、という事を言ってるみたいな。
デリケートなのを本気で気にしている人ってのは、普通はそういうアピールはしないもんなんじゃ…。
仮にそういうのが他人に知られると、アピールするよりもむしろ悔しいとか歯がゆいといった気分になるはず。
そもそも、自分はデリケートだからまいるよとかいってる人の中には、お前ホントは全然まいってないだろ、ホントは自分の繊細さや自分がいかに恵まれた環境で育ったかというのを自慢してるだけだろ、とツッコミを入れられても仕方ないような人がかなり多いような気がしますな。
それ以前によく考えてみたら、ひ弱だったりデリケートだったりしてて得する事なんてあまりないもので、またそれ以前にそういうアピールをしても『デリケート?だからどうした、そんな事は言い訳になるか』と突っ込まれてしまえばどうしようもなくなってしまいますな。

というくだらない事をこの間考えてしまいました。


マンガ(アニメ)『ドラえもん』では、ドラえもんはのび太の部屋の押入れで寝ていまよね。
それについてなんですが、私は子供の頃、あの『押入れで寝る』という行為にあこがれてたもので、よく押入れで寝ようとしたものです。
が、しかし押入れって実際には非常に狭い空間なので、あの中にいると暑くて暑くて寝るどころではなく、ドラえもんのように気持ちよく寝るなんて事はまるで出来ませんでした。
そんな子供時代。
同じような経験した人、多分いるはずです。


最近妙なメールが来るようになりました。
妙といっても誹謗中傷とかそういう類のものではなく、買った覚えの無い商品購入確認のメールとかなど。

その中でも最近多いのが、プロバイダを装った詐欺メール。
メールにて、支払った事の無い請求をするという詐欺メールってのはよくありますが、最近はプロバイダからの請求の振りをしてクレジットカードなどの番号入力を請求する詐欺メールも多いみたいですな。
いわゆる、自分の使っているプロバイダから、アカウント確認のために情報を入力してくださいといった類のメッセージと共にそのプロバイダそっくりな入力フォームページへのリンク(アドレスも)を張り、そこにカード番号やら何やらを入力させようとするやつ。 見知らぬところからではなく、自分の使っているプロバイダからのメールと思って、信用してしまいそうになる人もけっこう多いらしいです。
んで、最近は私のところにもプロバイダからのを装った詐欺メールがよく来ます。
しかしながら、よくよく見たら送られてきたメールのあて先(ユーザー名)が、プロバイダに登録してある正式なユーザー名ではなくメールアドレスの頭文字だけを抜き出した名前になっているし、その入力フォームのページもどうにも胡散臭い感じだったりするので、後日プロバイダにメールでその件について問い合わせてみたところ、最近多い詐欺メールとのことでした
ちなみにそのメール、一番最初に来たときは『詐欺かも』と思ってたものが、2,3回ほど連続で、それもメールの内容もちゃんと2,3回目にふさわしいような内容(応答がないので再度送りました、など)に書き換えてあったり、またリンク先のアドレスも一部プロバイダの名前が使われてたりするなど、かなり手の込んだ事をしてました。 また、入力フォームの形が本当にプロバイダのオフィシャルページのそれとそっくりに作られていたりなど、パッと身では素人ならばだまされそうなほどよく出来ていたりするものもありました。
うーむ、最近の詐欺メールは、侮れないですな。
というわけで、みなさんも、明らかに詐欺と分かるメール以外にも、見知ったところからのカモフラージュを施した詐欺メールには気をつけましょう。


だいぶ昔に読んだ本の話題なんですが、
お客に完璧な夢を与えるため、徹底した独自の経営システムをとっているという、『ディズニーランドの経済学』は有名ですね。
例えば、ディズニーランドでは、物品の運搬は全て地下のトンネルを通して運搬したり、落ちているゴミは常に清掃員が周囲を巡回して掃除したり、ゴミ箱もゴミ箱というのをイメージさせない形にしたり、自動販売機といったものは採用しなかったり、各エリア毎に店やオブジェクトにもそのエリアにあったものにあわせていたりなど。
つまり夢を売る商売という事で、現実っぽいモノを感じさせるオブジェクトや雰囲気は極力見せないようにしているという。
まあ実際ディズニーランドにいると、そういう効果もあってか、どことなくそれっぽい『夢のような世界』ってな雰囲気を味あわせてくれるものです。
……なんですけどねえ。
それだけ非現実世界を演出しようと切磋琢磨しているディズニーランドなのに、『やたらに金がかかる』というのと『やたらに並ばないと乗り物に乗れない』という部分はいまだに解決されていないようで、それにより妙に現実を痛感させてくれるのだけは、どうにかならんもんなんかなあ、と思ってしまいます。
実際、乗り物の値段は高いし、込んでるときには何時間も並ばないと乗り物ひとつ乗れない。
金がなくなった時点で、乗り物やアトラクションには入場できなくなるので、資本主義社会の非情さを痛烈に味合わせてくれるような気が…。
そこんとこどうなんでしょうねえ、ディズニーランド。


アイドルや有名人の非公開画像といった、めったに手に入らないようなものを『お宝』とよくいいますが、よく考えたらいつからこの手のものを『お宝』などと呼ぶようになったんでしょうねえ。
『宝』でいいじゃないか。 別に丁寧な表現にする必要も無いのに、なんで『お』をつけるのか。
そこんとこどうなんでしょうねえ、お宝。


日本のマンガやアニメなどのキャラクターの、特に女性キャラにおいて鼻を表現する時、よく小さな『く』の字もしくはそれに近いような小さな形のもので表現する時が多いようですね(劇画はそうでもないけど)
場合によっては、鼻の輪郭すら描かれてない事もままあったりします。
しかしながら、これは元来、鼻が高くない日本人(アジア人)だからこそ使える表現法なのではなのかもしれませんね。
例えば欧米人はアジア人に比べて鼻が大きいですが、それに伴いあちらの人物画では、人物の鼻が大きく表現されている事が多いようです。
鼻を小さくしてしまうと、逆に違和感を感じるんだとか。
ある所で、日本では一般的な(^^や(^−^)といった顔文字が、あちらでは鼻が無いため人の顔として認識できなかった、という話を聞いた事があります。
確かに考えてみると、欧米の顔文字は『:-)』や『:-0』、『:-(』や『:-/』のように、必ず鼻を入れていますし、またほとんどのアニメやマンガ絵などでもしっかりとした形の鼻が描かれていますし…。
マンガやアニメなどは現実離れした顔の人物が当たり前ですが、こんな所で日本人(アジア人)の特徴を明確に表す表現がしっかりと取り入れられていたとは、ちょっと驚きですな。
って、さすがになんか思い込みすぎでチト無理矢理な理論展開かな、とも思ったりして。


『私は普通の人より頭が良い!』というとイヤミにしか聞こえないものですが、しかしこれをひとひねりして、『私は頭の悪い人よりも頭が良い!』というとアラ不思議、あんまりイヤミに聞こえないですな。
さあ、みんなもこれで自己のアピールをしまくろう!
……すんません、本当にくだらない事考えてしまいました。


話変わって、軍人が名札代わりに使っているものとして『ドッグタグ』というのがありますな。
首にぶら下げる金属状の名札で、ミリタリーファッションとしてはカッコいいのか、つけてる人もまれにいたりします。
が、しかしあれって考えてみれば語源は犬の鑑札、いわゆる犬用のIDタグみたいなものであり、名前入りの首輪とかと同じ扱いとも言えるわけです。
そう考えてしまうと、あんまりカッコよくないような気がしてしまうものですが、そこんとこどうなんでしょうね、ドッグタグ。

映画とかでは、兵士の名札として使われるよりも、むしろ戦死した人物の形見や遺物として扱われる傾向が強いためか、そういう哀愁を漂わせる雰囲気がカッコいいものとして移っているのかもしれませんな。


『ホラー映画では、怪物や殺人鬼に電話線が切られてしまい助けが呼べなくなるという展開がもはやお約束になっているものですが、しかし現代が舞台のホラー映画では、携帯電話が普及しているため、電話線が切られても携帯を使って簡単に助けを呼べるので、もう電話線切断という展開はほとんど使えなくなってしまったものです。
一応、地下深くや深い樹海の中といったあまりに特殊な状況だったりする場合は、圏外表示が出て連絡手段が遮断されてしまうという展開に出来そうだけど。
でも、『圏外』表示が出て電話が通じない!というシーンはどうにも緊張感があまり感じられず、あんまり怖くなさそうですな。

と以前言った事がありましたが、実は去年の12月頃、ある日知り合いの家で適当に選んで見たC級ホラー映画のひとつが、実際にこんな展開だったのでびっくりしましたよ。
半分寝てしまいそうな内容のC級ホラー映画だったので、タイトルこそ忘れてしまいましたが、確かなんかの実験の失敗によって生まれたハエの大群が人を襲うという話で、チープなCGで作成されたハエの大群が人間の口から侵入してその人間を操って他の人間を殺そうとするという展開でした。
で、舞台は当然の如く海沿いにある人里離れた一軒家で、そこの電話線はハエに操られた人間がもちろんあらかじめ切断。
しかし、生き残った人間の中の一人が運良く携帯電話を持っており、それを使って助けを呼ぼうとするが、しかし立地条件から、携帯は圏外でつながらない。
で、とった手段が、屋根の端まで上ってアンテナ状態を良くしてかけてみようという。
もちろん、すんなりかかるわけはなく、ハエに操られた人間が邪魔したり、つながってもすぐ切れたり、本体をあせって下に落としたりというお約束な展開。
こんな映画だったんですが、やっぱりというかなんというか、C級低予算ホラーだったせいか、まるで緊張感がなさげで、登場人物たちがどうにかして携帯電話の電波を良くしようと努力している様は、ハラハラするというよりもむしろ滑稽に見えてしまいました。
ホラー映画にて携帯電話を使うというのは、なかなか難しいのかもしれませんな。

追記:『ホラー映画でよくあるパターン』のエッセイでも書いてたネタですね、これ。 あちらのほうが後に書いたものなんですが。


またまた話は変わるんですが、ファミコン時代を過ごしてきた人の多くは、『ファミコン禁止令』といった類の経験があったはずです。
もちろん、私もそんな経験をしたもので、『日曜日に一時間だけプレイ可』とか、『全面禁止』といった類の決まりごとをさせられていたものです。
で、そんな禁止令が出ても隠れてファミコンするのもやっぱりお約束でしたね。
もちろんばれるのもお約束。
なんですが、あの頃は、ばれてもすぐにコントローラから手を離して
『画面見てただけだから、ゲームはしてないよ』
といって強引に押し通してました。
今考えると、アホな言い訳以外の何ものでもないですな。
子供の頃って屁理屈すごすぎ。
見てるのもプレイするのも、実質的には一緒じゃねーか、と、当時の私にそう突っ込みをいれてみたいです。

でも、そんなんでも普通に押し通せてたんだから、親も私が隠れてプレイしてるってのを重々承知してたんでしょうね。
表面上だけでも禁止しておけば、ある程度はゲームのやりすぎに歯止めをきかす事が出来るわけですし。
でも、あの頃は本あんな理由で親が本当に納得したと本気で思いこんでたんだから、当時の私はまだまだアホで浅はかなガキンチョでした。
そんな子供時代。


今もあるかどうかは分からないけど、かつてチョコボールで金のエンゼルという当たりくじ抽選ありましたな。
ほら、テレビでCMもやってた事のある、箱のくちばし(取り出し口)のところにまれに描かれている金のエンゼルマークを1枚もしくは銀のエンゼルマークを5枚集めると、おもちゃのカンヅメがもらえるっていう、あれ。
しかしながら、銀のエンゼルは何度か見たことありますが、金のエンゼルって実際にあったんでしょうかねえ、と思えてしょうがないです。
いや、確かにあるらしんですが、一体どれくらいの確率なんだろうか。
というのも、私自身、一度も見た事がないんですよね。
チョコボールは子供の頃けっこう食べたもので、お菓子を買いにいったときには3回に1回は買っていたほどだし、またパチンコの景品とかでもよくもらってたから、かなりの数食べた事になるんですけどねえ。
それでも今まで一回も見たことないです。
銀のエンゼルなら通算10回ほどは見た事があるんですが。
あとおもちゃのカンヅメってのも、実物をもらった事がないので、一体中に何が入っているのか興味しんしんだったものです。
今考えてみれば、実際にはたいしたものなんて入ってなさそうなんだけど。
でもおもちゃの『カンヅメ』という響きが当時の自分には妙な神秘性を感じさせていたせいか、あの頃は中身が気になる事この上なかったです。
銀のエンゼル5枚集めて送ろうとした事もありましたが、しかし必ず2〜3枚くらい集まったところでどっかになくしちゃったりして、結局は集まらないってのがいつものパターンだったものです。


Steamインストールして以降、HALF-LIFE本編が動かなくなっちまいました。
言い換えるなら、Steamに同梱されているHLをインストールして以来、どうにも正常に動かなくなったという。
いや、正確にはプログラムそのものは動くけど、特定のサウンドが鳴る時に突然100%の確率で強制終了が起きるという。
例えばHEVスーツ取得時のサウンドが鳴る時にもこの強制終了が起きるので、実験場にすら入れない始末。
なんじゃ、そら。
以前掲示板で話題になったEgon Gunの詳細について調べてみようかと思ったんですが、これじゃ出来そうにないです
Steamは世間一般的にあまり評判よくないようですが、私もこれでSteam嫌いになりそう…。
最終的には、別のドライブに入ってるWindowsにHLをCDからインストールし、旧バージョン(もしくはOPFくらいのバージョン)のままプレイするしかないんでしょうかねえ。
Counter Strikeなどは動くんですが。
他の人はどうなんだろう、同じ現象が起きてるのかな。

追記:この話はSteamが配信されてまだそれほどたっていなかった頃のものです。 あの当時、Steamはまだまだ安定しておらず、これに対する世間的な評判はイマイチだったようです。 私だけでなく、他にもゲームが不安定になったりログオンできなかったりなど、色々苦情があったんだとか。
アップデートが重ねられた今では、Steam関連でのトラブルもめっきり減り、相当安定したプログラムになっているようですが。