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  ファミリーコンピュータ

ご存知家庭用ゲーム機というものを一般家庭に浸透させた偉大なる功労者。
今でこそ皆は『ファミコン』というが、正式名称は『ファミリーコンピュータ』である。
当時はさまざまな家庭用ハードが発売されていたという家庭用ハード戦国時代(マイナーゲームズの項参照)だったが、安い価格と高い性能を実現したファミコンが事実上の勝者になった。
途中、『PCエンジン』や『メガドライブ』などのスペック的にも優れたライバルの出現もあったが、結局のところ同社の『スーパーファミコン』の出現まで、家庭用ゲーム機トップの牙城を崩す事は出来なかった。
延べ10年間活躍したハード。
デザイン色は白と赤で、他のゲーム機と比べても明るい色合いを醸し出していたと思う。
ちなみに初期ラインナップが『ドンキーコング』などの大ヒット作の移植だったので、発売当時から結構な人気だった。
なのでどのおもちゃ屋に行っても売り切れで入荷未定状態ばかり。
子供だった私はそれに痺れを切らして、『ゲームパソコン』を買ってまったという苦い思い出があり。(苦笑)
余談だが、当時の『ファミコン』は今のゲーム機と違ってアンテナ端子に接続するもので、なれないと子供にはかなり難しいものだった。当時は沢山の家庭でこの接続に苦戦したという。
私の所でもやはりうまく接続出来ず、電気屋さんにやってもらった。こういう体験した人ってわりといたはず。
あと、どうもファミコンは製造モデルによって耐久力に差があるみたいである。
私の知り合いの持っていたファミコンなどは1日つけっぱなしにするだけで壊れる(カートリッジ差込口の後ろ部分がすぐに熱くなる)事が多いというほどもろかったのだが、私の持っているファミコンは1日どころか1週間以上つけたままにしていてもまるで平気だった。ボタンのゴムを交換しただけでそれ以外はまったく手をつけていないのに、今でも元気に動く。
でも今ではあまりに頑丈すぎておかしいんじゃ?と思ったりする。


  ファミコン用コントローラ

十字型の方向キーと二つのボタンという仕様。1P側にはさらにスタートボタンとセレクトボタンが付いている。
本体にコントローラーが標準で2つ搭載されていたのが当初としてははうれしい仕様だった。
そしてどちらのコントローラーも本体に収納できるというのはよかった。きれいに片付いたような気がしたものである。
当時の家庭用ゲーム機にはこういう本体収納型コントローラーがよくあった。
ちなみに最初の型番のボタンは四角のゴム製で、よくボタンがコントローラーに埋まってしまって苦労したものである。(^_^;)
その後はおなじみの丸型ボタンに変更された。
そしてどういう意図かは知らないが、なぜ2コントローラーにマイクが搭載されていたのかは謎。これを利用したゲームもいくつか出てたが……。


  NEWファミコン

『ファミコン』がリニューアルされて発売されたもの。
接続方式がアンテナ端子からビデオ端子に変更され、デザインも『スーパーファミコン』みたいなグレーになった。そして値段も(当然)安くなった。
性能自体はまったく同じなので、言うなら廉価版。


  ファミリーキング

『ファミコン』にはさまざまな形のコントローラが発売されたが、これもその1つ。
形は操縦桿型で、今でこそパソコンの『フライトシミュレーター』などではおなじみだが、はっきり言ってアクションゲームがメインだった当時のファミコンにはまるで向かないコントローラだった。
当時、友達が持っていたので『スパルタンX』をやらせてもらった事があるが、やっぱりやりにくかった。


  ハドソンスティック

『ファミコン』黄金期の時代に『スターソルジャー』などで一躍メジャーになった当時のハドソンが発売したジョイスティック。
スティック部分がわりと大きな形で、ボタンは小さめ。
実際使った事はないが、当時はハドソンの某名人などもこのスティックですいすい進めていたのを見ると(シューティングゲームなどには)割と使いやすかったのかも。


  アスキースティック

『ファミコン』用コントローラの一種。
これは当時のいくつか出ていたコントローラのなかでは一番インパクトがあった。というのも形状がアーケードのジョイスティックとまったく同じものだったから。
当時はゲームというとまだアーケードからの移植物が多かったので、このようなコントローラはとても魅力的な物に見えた。買おうと思っていたのだが、値段が8千円以上と、当時子供だった私にしてはべらぼうに高かったので断念。
なんで使い勝手がどの程度なのかは不明。


  アルカノイド専用コントローラー

『ファミコン』に移植された『アルカノイド』に同梱されているツマミ型コントローラー。アーケードよりもサイズが小さいが、使い勝手はなかなか良好。
しかし、私の持っていたやつだけかもしれないが、なぜか画面の右端に言っても少し隙間が開いてしますというのが大きな欠点だった。
これのせいでよくミスした。


  おそうじ探偵くん

『ファミコン』のカートリッジを差し込む端子部は、一応カバーは付いているががほとんどむき出し状態で、よく埃などが詰まっていた。このせいでカートリッジを差し込んでもうまくつながらず、よく端子部分をフーと吹くという光景があちこちで見られた。
この『おそうじ探偵君』は、そんな端子部を汚れを拭き取るためのツール。
カートリッジと本体、どちらにも使えるようになっていて、これで掃除したあとでカートリッジを差し込むと、本当につながりやすくなった。


  ジョイカード

『ファミコン世代』なら誰もが知っている、ハドソンから発売されたコントローラパッド。
同社の某名人と同じ連射数のオート連射機能を装備しているのが特長。
ファミコンのコントローラよりも多少大きめで、『ファミコン』のコントローラが小さく感じた人にはそれがかえってやりやすかった。
連射機能も親切。
しかし最も親切だったのは、1600円前後という当時のコントローラの中でも郡を抜いた値段の安さだと思う。
実際私の周りにも安くて連射機能がついているので、このコントローラを購入したという人がかなりいた。


  ジョイボール

スティック部分がどでかいボールになった『ファミコン』用コントローラ。
ウリはボール型コントローラなので指が疲れないというものだったが、その分細かい操作などがとてもしにくいという欠点があるので、結局あまり使えるものではなかった。
しかし、このコントローラのもう1つのウリはファミコン初の連射装置。秒間15連射をスイッチ1つで切り替える事が出来るので、シューティングゲームなどには大いに役立つコントローラだった。
その際のプレイスタイルは足などで『ジョイボール』のボタンを押したまま手で『ファミコン』のコントローラで操作するというなんとも情けないカッコだった。


  ファミリーベーシック

『ファミコン』をパソコン化しようという安直な考えから作られたのかどうかは知らないが、とにかく『ファミコン』でBASICプログラムが打ち込めるという周辺機器。
任天堂は『ファミコン』発売したばかりの初期、周辺機器を意欲的に出していて、これもキーボードと一緒のセットで一万以上した。
当然当時の私には買えなかった。
でも知り合いが買っていた。しかし、その知り合いもBASICプログラム自体何たるか知らず、面白そうなゲームを動かしている宣伝につられて買ったという。
一応メインのBASICモードのほかに、いくつかのミニゲームなどが入っていたので、これで遊んでばかりだった。
数年後にマイコンBASICマガジンにて知ったのだが、メインRAMがすずめの涙ほどしかなく、パソコンみたいな長くて複雑なプログラムは組めなかったらしい。
のちに『ファミリーベーシックV3』というメインRAMを倍にしたバージョンアップものも発売されました。


  ジョイレーダー

あまり知ってる人はいないと思うジョイレーダー。見た目は銀色の小さな箱といった感じ。
わりとマイナーな『ファミコン』時代の周辺機器だが、実はとても使えるもの。
どんな物かというと『ファミコン』をVHFチャンネル方式ではなく、UHFチャンネル方式で出力するというもの。
もっと分かりやすく言うと、いちいちコードをテレビに繋げなくてもUHFの周波数を合わせるだけで『ファミコン』ができるというスグレモノ。
これがなかなかに便利で、別のテレビに映すときに接続いらずなのでファミコンを持ってない友達の家にも気軽に持って行けた。
ついでに『PCエンジン』も本体接続部のアンテナ端子形状が同じなので、同様に使えた。
画質もアンテナ接続と遜色無いほどのクオリティという優れたものだった。


  ディスクシステム

『ファミコン』にフロッピーディスクみたいなディスクドライブを増設するユニット。何度かCMなどでもやっていた。
本体の値段は15000円と高かったが、ディスクで供給されるソフトは値段が約3000円前後とカートリッジに比べて安く、またおもちゃ屋などに置いてあるディスクライターサービスでは、500円で別のソフトに書き換えが出来るので、当時は便利この上ないものだった。私も新品で買ったディスクソフトは2つだけで、あとは書き換えのみでソフトを購入していたという事もあってか、このサービスはよく利用させてもらった。
もう1つのウリは当時のカートリッジの3倍もの容量が入り、その上ゲームのセーブが出来るというもの。
当時はまだメガ(ビット)ROMというものがなかった時代で、ディスクの方がはるかに記憶容量が多かった。が、技術の進歩によるROMの容量増加によっていつのまにかROMはディスクを追い抜いていき、ついでにバッテリーバックアップの出現でますますROMカートリッジの優位性は飛躍的に上がり、ついにはディスクはその寿命を閉じる事に。
発売されたゲームは決して多いほうではないが、名作と呼ばれるゲームもたくさんある。
余談だが、ディスクシステムのデモ画面のマリオとルイージのおいかけっこが面白かった。ついでにディスクライターにて書き換え時の風船デモも。


  ツインファミコン

『ファミコン』と『ディスクシステム』が一緒になったもの。発売元は確かシャープだった。
当時としては25000円くらいとかなり高かったが、『ファミコン』と『ディスクシステム』の両方を購入するよりも安かったのでそこそこ売れた。
本体の色が赤色と黒色の二種類が存在した。


  とびだせめがね

『ディスクシステム』の『とびだせ大作戦』をプレイするための専用メガネ。赤と青の2色のセロファンをそれぞれのレンズにし、これまた赤と青の2つにぶれた画面を見ることによって擬似的に飛び出して見える。
当時は子供用アニメ映画などでもよく採用されていたもので、知ってる人もいるはず。このシステムだと画面の色が単色になるので多少見にくいが、アニメ映画などでは本当に飛び出して見えた。
ただ、ファミコンの『とびだせ大作戦』では。このメガネをかけてもいまいち飛び出して見えず、それよりも画面が見づらくて逆にやりづらかった。
なのでこのメガネ、買ったはいいけどほとんど使わなかった。
あと、このシステムはやっぱり目に悪いと思う。赤と青の原色画面をそれぞれの目に映すというのはどう考えても目にいいとは思えない。


  ハイパーショット(ハイパーオリンピック同梱コントローラ)

『ファミコン』の『ハイパーオリンピック』専用コントローラ。
いうならボタンが2つ並んだだけのコントローラ。なもんで他のゲームにはまったく応用不可能。
『ハイパーオリンピック』専用コントローラなだけあって、とても連射しやすいように出来ている。ついでに反則技も。
昔、親戚の家で少しやった事があるが、その時は持ち主の親戚ともどもガチャガチャの丸いフタで必死こいてこすり連射。
2日でコントローラ壊れた。


  ファミリーコンピュータロボット

これまた任天堂が意欲的だった『ファミコン時代』の初期に発売されたロボットシステム。
昔、親がパチンコの景品でこれと専用カートリッジ『ジャイロセット』をくれたのがきっかけ。
今考えてみるとこのロボットシステム、かなり斬新なアイデア。
どんな物かというと、画面から発信されるフラッシュなどの光信号を通してロボットを操作するもの。
その際ロボットがコマやブロック等を使い間接的にコントローラーを操作するようになっていて、ゲーム本編をこのロボットとの連携プレイで行うというもの。
具体的な例は『ジャイロセット』の項を参照。
とにかく、当時の家庭用ゲーム機の水準から考えたら、技術的には大変なシロモノ。
それを10000円前後と安い値段で実現した任天堂は、今考えると大したもの。
でもこのロボットシステム、当時のファミコンの中心ユーザーだった子供達には、いまいち分かりづらくて難しかった。
実際私も子供時代、このロボット使ったゲームはどうにも難しくて、まともにはプレイしなかった。
適当にロボットだけを動かしている分にはわりと楽しかったが……。
そのせいか、結局ソフトも『ジャイロセット』『ブロックセット』の2つのみで終わってしまった。
今考えるともっと遊んでればよかったなあと思うなんとも残念な周辺機器の1つ。


  ファミリートレーナー

『ファミコン』がまだ子供の遊びだった頃、子供はいかにして『ファミコン』を買ってもらうために親の財布の紐を緩めるかということに必死だった。
これはそんな親達の財布の紐を緩めるのに一役買った(かも知れない)バンダイの周辺機器。
一言でいうと、マット型コントローラ。
12個に並んだマット上のボタンを足で踏んで操作するというもの。
あれ、もしかして……と思った方は鋭い。
そう、『プレイステーション』版の『ダンスダンスレボリューション』専用コントローラ。
ボタン数などは違うがあれと同じ。
なので昔からのゲーマーは『ダンスダンスレボリューション』のコントローラを見てすぐにファミリートレーナーを連想する。実際私もそうだった。
でも時代からか、ファミリートレーナーの方は基本的に走るソフトがほとんどだった。この時代はこの手のコントローラでダンスなんて思いつきもしなかったのだろう。
あと、『ダンスダンスレボリューション』のコントローラでも同じ問題だが、日本の狭い家屋で飛んだり跳ねたりするゲームというのはやはり無理がある。
ただダンスの場合はそれなりにスムーズに踊ったりなどして静かに出来るものだが、ファミリートレーナーの基本は走り。しかもダッシュ。周りの住民(特にマンションやアパート)から苦情が来るのは必死。
そんなせいもあってか(ついでにソフトのネタも尽きたのか)、ソフトの方はあまり長続きはしなかった。
さて、このファミリートレーナー、さすがに昔のだけあって『ダンスダンスレボリューション』と比べてマットも分厚くてかなり重量がある。
あと多少大きめ。
バンダイはなかなかがんばったみたいで、10数本ほど対応ソフトが発売された。
そういったソフトの中にはなつかしの『風雲!たけし城』を体験できるソフトなんかもあるなど、わりと楽しそうなものも存在した。
他にはジョギングソフトなんかもあったらしいですが、さすがにこれは『外走れよ!』とツッコミを入れずにはおれないだろう。
ちなみにこのマットは裏面には数字が描かれており、『エアロビスタジオ』とか言うエアロビクスができるソフトなどに使われた。
なかなかに考えられた設計である。
個人的には、『ダンスダンスレボリューション』のマットコントローラは、他に使い道があるのか気になる。


  ホリコマンダー

ホリ電気から発売された連射装置付きコントローラ。
連射速度が3段階に選べるので親切。また形も上部以外はファミコンとそっくりで、しかも少し丸くなっている上部に指を添える事が出来、とても使いやすい。『ファミコン』のコントローラの中では屈指の使いやすさを誇るのでは。
ただ、あえて言うなら十字キーの反応がよすぎるのが欠点か。ちょっと触れるだけで反応するのでたまに間違えて操作してしまう事も。
デザインは『ファミコン』と同じ赤とシックな黒の2種類があり。


  光線銃

『ファミコン』最初の周辺機器。
パッケージはリボルバー型なのに、入ってるのはオートマチック型と妙な所で手抜きが感じられるのが笑える。
言うなら今でもガンシューなどでおなじみのガン型コントローラ。
ただ、最近のは連射しやすさなどを考慮してか引き金が軽いものが多のだが、この光線銃は引き金けっこう重い。
もともと一騎撃ち、鴨撃ちなどといった一発の狙いが重要なゲームがメインだったので、引き金が重いというのは必然的だったのかもしれない。また、引き金を引くごとにカチカチと音が鳴るのは撃っているという感触が感じられてよい。
専用ゲームは『ワイルドガンマン』『ボーガンズアレイ』『ダックハント』の3本のみで、のちには対応ゲームとして『オペレーションウルフ』を始めいくつか発売された。でも対応ソフトが出たのは数年後なのでこれらを光線銃やった人いるのかどうかははなはだ疑問。
この光線銃、アメリカではかなり売れたみたいだが、日本での販売台数は振るわなかった。
理由としてはおそらく、狭い日本の家屋ではこの手の離れてするタイプのゲームはあまり向かなかったというからではないか。
あとソフトの雰囲気が鴨撃ちや西部ガンマン達の一騎撃ちなど、いかにもアメリカチックで、あまり日本人にはなじめないような雰囲気だった事もあるかもしれない。


  ファミコンボックス

ファミコンの機能を持った筐体の事。
といっても完全にアーケード用として作られたのではないらしく、私も一度もゲームセンターで見かけた事はない。多分海外用に作られたものだと思う。
なぜかというとコントローラの形がNESのコントローラ(海外仕様のファミコン)に似ているからである。
真相は分からない。
しかしながら国内ではなぜか観光地などの古い旅館に設置してある事が多く、そこらへんはわりと謎。
でもそういう面で見るとわりかし希少価値のあるものかもしれない。
本体はテレビ画面の下にあり、100円で10分間プレイする事が出来る。
有効時間が残り残り1分ほどになると、ビープ音とともに画面が点滅し始め、最後には強制的にゲームが終了され、本体のタイトル画面に戻る。
画面の点滅中に再度100円を追加すると、そこから再び10分間時間が追加される。
遊べるゲームは全15から20種類ほどのファミコンソフトで、有効時間内であればいつでもゲームのリセット、他のゲームへの変更が出来る。
しかし、これが作られたのはファミコン初期の時代だったのか、ほとんど全てが初期のソフトばかりであり、『ドンキーコング』や『ドンキーコングJR』、『レッキングクルー』、『ポパイ』、『アイスクライマー』など、これまたほとんど全て任天堂のソフトばかりであった。
また、なぜか光線銃が搭載されていて、『ワイルドガンマン』、『ダックハント』などがプレイできるものもあった。
この『ファミコンボックス』は、いまだに観光地やリゾート地の古い旅館に存在するらしく、私も1年ほど前に長野県で実際に見かけた事がある。
そしてやはりというか当然というか、懐かしさのあまり友人と供に500円分ほどプレイしてしまったのであった。
やはり『ファミコン世代』の人達は、こういうのをみると懐かしくてやってしまうものである。
これもサガか。


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