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  ネオジオ

1990年、SNKから突如登場した16ビットマシン。
当時のSNKといえばまだ今ほど有名なゲームメーカーではなく、どちらかというと目立たないマイナーなメーカーだったので、突然こういった新しいマシンの発表は結構な話題性を持っていた。
真っ黒で渋いボディのこのハードは、CPUに『X68000』や『マッキントッシュ』でも採用されていた68000を採用し、拡大縮小機能、PCM音源搭載、最大発色数65536色、4ボタンジョイスティック標準搭載、メモリーカードでゲームのセーブが可能、最大330メガ(ビット)ROMカートリッジなど、当時としてはとてつもないほど驚異的スペックを誇るマシンだった。
しかし、このゲームの最大の特徴はアーケードのゲームがそのまま家庭用でできるという事。
どういう事かというと、元々の基本となっているのはMVSと呼ばれる同社のアーケードゲーム筐体で、ネオジオはこの筐体とほぼ同じ性能を持ったマザーボードを搭載している。
いわゆるサターンとST−V基盤、ドリームキャストとNAOMI基盤のような関係みたいなもの。
なので基本はアーケードだが、家庭用でもほぼ同じソフトのラインナップが揃っていた。
さらにアーケード用のMVS筐体もソフトがカートリッジ式で供給されるようになっていて、その上一台のMVS筐体内に最大6つのソフトを搭載(コイン投入時にプレイヤーがゲームを選択可能)できるという、かなりコストパフォーマンス性が高いものだった。
ちなみに登場初期の頃は、レンタルビデオショップでネオジオ本体のレンタルが出来るという、積極的な活動もしていた。
しかし、当時のSNKはお世辞にも一流メーカーというほどではなく、発売から1年程の間はアーケードと家庭用共々ソフトのラインナップは割と充実してたが、大味で超高難度なゲームがやたらと多く、『ASOU』『キング・オブ・ザ・モンスターズ』などの数本がポテンヒットを放ったくらいで、爆発的なヒット作というのはほとんどなかった。
またサードパーティーも当時はADK(当時アルファ電子)のみで、いうならコストパフォーマンス性が高いだけのゲーム、という感じが強かった。そんなわけでネオジオ本体の売上もいまいちぱっとしない状態だった。
しかし、『餓狼伝説』や、100メガショックというインパクトのあるキャッチフレーズと共に出現した『龍虎の拳』などといったヒット作の登場辺りから、徐々に完成度の高いソフトが出揃うようになり、その後、『餓狼伝説2』、『サムライスピリッツ』、『ザ・キング・オブ・ファイターズ』といった一連の格闘ゲームシリーズの大ヒットにより、ネオジオは以前からは考えられないほどポピュラーな存在になった。そしてサードパーティーもわりと付いた。
そして以後、ネオジオは『格闘ゲーム専用マシン』とまでいわれるようになり、メインプラットフォームはほぼ格闘ゲームオンリーになっていった。
まさに格闘ゲーム全盛期の頃はネオジオ黄金期といえるのではないか。
しかしそれはあくまでアーケードの方をメインで見た場合の事で、家庭用ネオジオ本体の方は他のゲーム機に比べたら販売台数ははっきりいって少なかった。
決定的な原因はハードとソフトの値段。
なんといっても本体の定価が50000円以上、ソフトの定価30000円以上(ロムの半導体にコストがかかっているものと思われる)というのは、もはや一般ユーザーにはまるで手が出せない値段で、買うのはよほどのマニアか相当お金に余裕のあるユーザーがほとんどだった。
かくいう私もほとんどパチンコで稼いだ金で買った。普通の生活費だけだと絶対に買わなかっただろう。
元々ネオジオとMVSのハードのスペックは当時のアーケードゲームの中においてもかなりのもので、それが家庭でそのまま遊べるというのだからコストパフォーマンス的に考えると他のゲームに比べてかなり安い部類になるが、ただこれを個人レベルに当てはめるとかなり高く感じるのは事実。
そのせいか大手のゲームショップでもネオジオのソフトはあまり置いてなかった。
しかし、なんだかんだ言いつつもこのネオジオ(とMVS)というハード、90年の初登場時からソフトの数こそ少ないがいまだに新作がリリースされているという驚異的なハードである。
性能的にはもうすでに時代遅れなのだが、それでも新作が出つづけているのは大したもの。
ファミコン、ゲームボーイに次いで10年間活躍した数少ないハードである。
先を見越した優れたハード設計だったといえるだろう。
ところでネオジオには他のハードにはない優れた試みとして、ほとんどのゲームではスタート直後に簡単な操作説明画面が現れるというのがある。
これにより大まかなゲームの操作方法はわかるようになっているので、初めて見るゲームをスタートした時でも基本的な操作方法はある程度つかめるのがうれしい。(格闘ゲームの各キャラのコマンドはこれに該当しないが)
こういうのは他のゲームでも見習ってほしいものである。
余談だがネオジオのソフトはロムカートリッジ形式で、初期発表時には最大ロム容量330メガビットといわれていたのだが、後期のソフトになると400メガ、500メガ、600メガなどといったソフトがいつのまにか相次いで現れているのが面白い。


  ネオジオCD

ネオジオの人気が絶頂期にSNKが発表した新型ネオジオ。
基本性能はネオジオと全く同じで、一番の違いは従来のロムカートリッジ方式からCD−ROM方式へと変わった事。
本体の値段はそう変わらないものだったが、ネオジオのカートリッジが定価で30000円以上とべらぼうに高かったのに対して、このCD−ROM版はソフトの値段が5,6000円程度とコストパフォーマンス性が非常に高いものだった。
また大容量56メガビット(8メガバイト)メモリを搭載していて、今までの格闘ゲームも完全に再現できたので、発売当初はかなりの評判だったはず。
しかし、段々とゲームの容量が増加していくにつれ、CD−ROMのアクセスが遅いという難関にぶち当たった。
ネオジオCD登場以前の50メガ程度のゲームならば特に問題はなかったのだが、『真サムライスピリッツ』など、200メガ以上のゲームになるとローディングに非常に時間がかかる上、アクセス自体も頻繁に行われるので、格闘ゲームなどはキャラクターをかえるたびに長いロード時間をまたねばならず、イライラする事この上なかった。
またアクセスの早いのであまりメモリ容量が関係ないROMとは違い、メモリが56メガと限られているので、なかには『わくわく7』のようにMVS用のゲームでもネオジオCDには移植出来ないというようなものもあった。
登場初期の頃は割と評判良かったが、その後はCD−ROM特有の問題のおかげでいまいち波に乗りきれなかったハードである。
ちなみに初期バージョンの本体のみはフロントローディングタイプ、その後のバージョンの本体はトップローディングタイプと、二つの種類がある。


  ネオジオ用ジョイスティック

ネオジオ本体に同梱されているジョイスティック。家庭用ハードなのにコントローラがパッドではないのが珍しい。
ボタンが右手の指の並びと同じ形をしているので、ボタンの同時押しが非常にやりやすく、またスティックも小気味よく動くのでなかなか使いやすい。
ただ、ジョイスティックなので床や机においてやらねばならず、パッドのように寝そべりながら操作といった事が出来ないのが欠点。
またコントローラ自体も少し軽いのでなれないうちはしょっちゅうコントローラが動く。
わりと頑丈に出来ていて、私の持っているコントローラも買ってから6年もの間、特にこれといった不良部は出ていない。
格闘ゲームが多いのでわりと激しく動かしているのだが、至って頑丈なものである。


  ネオジオCD用コントローラ

ネオジオCDの同梱コントローラはパッド式になっていて、スーパーファミコンのコントローラに似ている。
なによりその特徴は、独特な形の十字キー。
家庭用ゲーム機のコントローラパッドの方向キーというと、十字の形になった(あるいは酷似した)キーというのが一般的だが、このコントローラの操作キーはスライド式になっている。
どういう事かというと、方向キーの真ん中の部分に親指を置く小さな出っ張りがあり、それを上下左右にスライドさせて方向キーとして機能させるというもの。
同社のネオジオポケットにも同じタイプのコントローラが採用されている。
しかしこの方向キー方式は慣れるまでは非常に難しく、まるで思うように動かす事が出来ないので、格闘ゲームの多いこのマシンでは全然技が出なかった。
慣れるとかなり使いやすいらしいが、私は慣れる前に挫折してしまった。


  ネオジオ用カートリッジ

デカイ!の一言。
スーパーファミコンのカートリッジの軽くふたまわりはデカイ!そして重い!
ファミコンやスーパーファミコンのカートリッジの端子数は50なのだが、このネオジオカートリッジは倍の100もある。
大量のデータを扱っているという証拠なのか。


  メモリーカード

あまり知られていないが、ネオジオにはプレイステーションと同じようなメモリーカードが採用されていた。
形はキャッシュカードを3枚ほど重ね合わせたくらいの大きさ。
基本的にネオジオはアクションゲームメインだったので、メモリーカードはゲームオーバー時にセーブするという形で扱われていた。そしてロードするとセーブしたステージから始める事が出来るという仕組み。
おそらくフラッシュROMが採用されていたみたいで、セーブ、ロード共に非常に早かった。
また驚くべき事に、このメモリーカードは当時のアーケードのMVS筐体との連動も出来た。
家庭用でセーブしたデータをMVSに盛っていき続きをプレイする事が可能で、逆にMVS筐体での続きを家庭用でプレイするという事も可能だった。
ちなみに私も当時、いくつかのゲームをアーケードに持っていってセーブしたりロードしたりといった事をした事がある。


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