あれは、ハイパーオリンピックの再来だった……

デカスリート

セガ アーケード


デカスリートはST-V基板を使用したゲームで、登場は1996年。
ST-V基板とは、セガサターンと互換性を持つ基盤で、NAOMI基板とドリームキャストのようなものです。


ゲームのタイトルであるデカスリートとは、デカスロンという競技を行うアスリート(運動選手)の事です。
デカスロンとは、100メートル走、走り幅跳び、砲丸投げ、走り高跳び、400メートル走、110メートルハードル、円盤投げ、棒高跳び、槍投げ、1500メートル走の十種目を行い、その総合得点で勝敗を決するという、十種競技です。
まあ詳しい話は小学館の『デカスロン』(ストレート過ぎなタイトル)というマンガを読めば分かるでしょう。
とにかく、過酷で厳しい競技だという事です。
ゲームは先ほど書いたように、これらの十種競技を行うという至極まともなゲームです。 感覚的には、一昔前にあったコナミの『ハイパーオリンピック』に近いでしょうか。 同じ陸上競技を題材にしていますし。
しかしハイパーオリンピックと違い、このゲームでは性能の異なるキャラが8人いて、そしてそのどれもが個性的。
いやむしろ、十種競技にこんなヤツらいるわけねぇ!とツッコミ入りまくりなほど個性ありすぎなキャラが勢ぞろい。
ちなみに私の使用していたキャラは工藤丈という日本人。 なぜかというと、このキャラが8人中一番まともに見えたからです。
というか、このキャラ以外の全員が見かけからして異様にヘンだったのでつかいたくなかったんです


このゲーム、私はそれほど沢山プレイはしませんでしたが、素直に面白かった、というのが当時の私の感想ですね。
基本的にあまりスポーツゲームをプレイしない私ですが、このゲームは楽しかったのでヒマがあればプレイしてました。
自分の当時の連射力が試されるゲームでもありましたし。(^^
操作はそれほど難しくなく、ルールもみんな知っているような有名な競技なので非常に分かりやすい。
そして競技の前に簡単な操作説明がなされるという親切設計。
また、グラフィックは3Dポリゴンで構成されていて、そしてキャラの動きはモーションキャプチャーで取り込まれているので、非常にリアルで躍動感あるモノでした。
このゲームは、1984年に大ヒットした『ハイパーオリンピック』がパワーアップしたモノ、ともいえるゲームでしたね。
実際こちらも結構ヒットしてたし、また雑誌などでも結構取り上げられていたし。
当時はどこのゲームセンターにいっても大抵は誰かがプレイしていましたよ。
あと、このゲームはST-V基板を使用しているので、当然サターンでも発売されました。 あまり詳しくは知りませんが、結構売れたんじゃないかと思います。 なんでも、サターン版では先ほど紹介したマンガ『デカスロン』の主人公である万吉がゲスト出演してたとか。
さて、ヒット作の宿命として続編登場というのがありますが、当然このゲームでも、冬季オリンピック種目をモチーフにした『ウィンターヒート』という続編が発売されました。
が、冬季オリンピックというマイナーな題材だったせいか、はたまた『デカスリート』が秒間60フレームだったのに対しこちらは秒間30フレームと動きがパワーダウンしてしまったせいか、『ウィンターヒート』のほうはイマイチぱっとせず、あまり売れませんでしたねえ。
結局、それ以降このシリーズの続編は出ませんでした。
でもどちらも完成度自体は高いモノだったので、その後もオリンピック種目を題材にしたモノを出せば結構いけたと思うんですがねえ。


さて、このゲーム、このページのタイトルの上にある1行分でも書いたように、『あれは、ハイパーオリンピックの再来だった……』といえます。
実際、ゲームそのものの評判も良く、なかなかのヒットを飛ばしてしまったし。
ハイパーオリンピックに酷似した、連射命なゲーム性、そしてなかなかのヒットしたという事実。
ハイパーオリンピックをリアルタイムで見てきた人ならばもう分かったはず。
そうです、多くのこのゲームの筐体では、コントローラのボタンが削れ、こすれ、剥がれ、壊れまくっていたんですよ。
ハイパーオリンピックでも一度起こった現象ですが、基本的にほとんどの競技はボタンを連打するものなので、プレイヤーはより早い、より効率的に連射する方法を試しまくりました。
基本はツメでこすり連射ですが、中には昔と同じく定規を使ったり、ガチャガチャのカプセルのふた、その他色々な道具を使うものもいました。
結果、当然の如く多くのゲームセンターでは、このゲームのボタンの部分だけがやたらと傷んでいたり壊れていたりしてました。
いや、全国各地全てでこの現象が起こったとは断定できませんが、しかし私が今までいった事のあるゲームセンター9箇所中、7箇所でこのゲームのコンパネの部分がボロボロになっていたのを見ると、多分多くの場所でも似たような事が起こっていたのでしょう。
まさに、『ハイパーオリンピックの再来』でした。
当時、ゲームセンターでこのゲームと壊れた、削れた、傷んだボタンをを見るたびに、このような思いが脳裏を駆け巡っていたものです。


ちなみにこのゲームには隠しテックニックというのがいくつかありました。 これを使えば通常の記録よりも春かに高い記録をたたき出す事が出来ました。
例えば砲丸投げではレバーを回転させる事により通常のやり方よりも遠くに投げる事が出来たりなど。
ただ、これらのやり方は秘密となっていたので、知らない人には不親切なシステムだった、といえます。
なぜなら、このゲームは一種目でもボーダーラインを突破できなければ、即座にゲームオーバーというシステムだったし、またまともな方法でのプレイだと高い連射力が要求される上に難易度もなかなか高いゲームだったので。

2001年5月6日


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